「・・・・・・あたしもね、その石は願い事を叶えてくれるって、貰った時に言われたんだ。別に無条件に叶えてくれるってわけじゃなくて、石の喜ぶことをして、大切にしたら、って」
例えば、太陽や月の光を浴びせることはこの黄色い石の力を満たす栄養みたいなものだと。だからりょう子は、光のよく射す位置にあたる、このペンダントライトにぶら下げていた、と朝美に打ち明ける。
「それで毎日、お願いしていたの。流れ星が消えるまでに3回願い事を言えたら叶う、っていうけど、それと同じような気持ちで。お祈りするみたいな感じで、どうかあたしの願いを叶えてくださいってね」
りょう子の話す間、朝美は彼女を見ずに石を見上げていた。
「でも、願い事はまだ叶ってない。あたしの、石を大事にっていう気持ちが、願いを叶えてもらうには足りなかったのかもね。そういうことなら、あたしにその石はもう必要ない。だって、願いは代わりに、涼原ちゃんに叶えてもらえばいいもん」
「あたしに?」
「そうだよ。石をあげるから、ひとつだけ、あたしのお願いをきいてほしいの」
りょう子の願いというのが何だかわからないが、あまり大それたことは出来ないだろう。朝美はそう思うのだが、口にはしない。朝美は、りょう子の黄色い石が欲しかった。それを必要としている少年に渡すため。
もしりょう子の希望に応えられないのなら、駆け引きが必要になる。余計なことを言うべきではない。切実な心情を吐露しているりょう子に対して、朝美は心乱されることもなく、至って打算的であった。
「とりあえず、聞くだけならいいけど。何なの、あんたの願い事って」
それはね。一拍、大きく息を吸ってから、りょう子は答えた。
「涼原ちゃん。・・・・・・あたしの親友になってよ」
朝美は、まっすぐりょう子を見ていた。その言葉が耳から意識下に到達した、まさにそのタイミング。
りょう子の目は、普段の彼女の天真爛漫な性質にまるでそぐわないかげりを帯びていた。まるで、願いという名の亡霊にとりつかれ、今まさに心身の主導権を奪われでもしたかのように。それもそのはずだが、朝美には知る由もない。りょう子が数年に渡って、ただひたすらに、石に捧げてきた願いが解き放たれようとしているのだ。りょう子に言わせれば、そういうことなのだった。
「それは無理よ」
そんなりょう子のことを深く考えるでもなく、朝美は言った。精一杯、当たり前のことを言うようにつとめた。
そのたった一言を理解するまでに、りょう子はたっぷり時間をかけた。受け入れたくなかったというのもあり、変わらぬ朝美の態度にそれが避けられないことを思い知らされる。
弱々しくかぶりを振る。みるみるうちに目の中に溜まっていく水分は、かろうじて表面張力が働いてこぼれ落ちることはまぬがれた。
「涼原ちゃんも、あたしのこと、嫌いだったの? もしかして、こんなこと言ったから嫌いになった?」
「そうじゃなくて。親友? だの友達だのは、口約束でなるもんじゃないでしょ」
「それでも・・・・・・あたし、欲しかったんだもん。いつでも一緒にいてくれて、同じものを見ていられる・・・・・・他に友達がいても、あたしのことを1番と思ってくれる『親友』が、欲しかったんだもん・・・・・・っ」
言いながら、ぐずり、鼻をすする音が聞こえた。
「何が親友よ。友達ったって、あんたのことばかり見ていてくれるなんてあるわけないでしょ・・・・・・そんなの、まるで」
言いかけて、朝美はふいに湧き上がった、吐き気に近い感覚を知った。ある感情ーー自己嫌悪がもたらす、馴染みのある不快感だ。
まるで、の後に続けようとした言葉。ーーそれはまさしく、過去の自分自身が抱いていた過ち、そのものだ。りょう子の今の思考は、だから自分に、彼女を非難する資格などあるはずもない。
朝美は次に踏み出す一歩に、一瞬、惑った。
「・・・・・・残念だわ」
ふいに、沈んだ声で呟く朝美に、りょう子は彼女を振り返った。目尻は涙に濡れているが、瞳に浮かぶのは訝しみだったり、意外なものを見るような表情だった。そんなりょう子の目とあえて目を合わせず、朝美は伏し目がちに、りょう子の部屋のぴかぴかのフローリングに目を落とすーー愛する我が家の、年季の入ったくすんだ木の床とつい比べて、同時に浮かんだのはその家で自分を待つ父と、少年のことだった。
芝居がかっているにも程がある。朝美は思うが、一斉一大の芝居のつもりで演じ続ける。
「だって、親友はともかくりょう子、あたしのこと友達と思ってなかったんだなって思ってね」
「そ・・・・・・」
そんなことないよ、と言いたいところだが、朝美が何を言おうとしているのか。いまいちわからなくてりょう子はつい口をつぐんでしまう。
「思い出してもみなさいよ。あたしが教室でどうしてるか。毎日のように、まともに会話があるのなんか、りょう子か栄一くらいのもんでしょう。つまり女子だったらあんただけ」
「う、うん・・・・・・」
「それは、りょう子が毎日飽きもせず、あたしに声をかけてくれてるからでしょ。そうやって当たり前に話が出来たり、こうして家に呼ばれてみたり・・・・・・」
朝美の言わんとすることにいまいち理解が追いつかないようで、りょう子はしきり、気弱げにうんうんと相づちをうつ。
「これって、とっくに友達ってことじゃないの?」
りょう子の語った、「一番」と言っても過言ではない。・・・・・・それはりょう子と比較する、身近なクラスメイト達との関係があまりに希薄なための相対的な意味合いでしかないのだけれど。
「少なくとも、あたしがそう思ってることに変わりはないし。りょう子が言いたいことは何となくならわかるけど、それでも、このあたしに、あんたと四六時中べーったり一緒にいろっていうのは無理があるでしょ。そんなあたしの姿、あんた、想像出来る?」
「うん・・・・・・なんだか、涼原ちゃんぽくない、かも」
「そうそう。わざわざ、『らしくない』ことしてまで一緒にいることの何が親友なのよ。そーいう演技やら遠慮やらなく、自然なまんま一緒にいて楽しいから友達っていうんじゃないの?」
朝美は、今となっては遠く過ぎ去ってしまったような日々を思い返しながらりょう子に語り聞かせた。朝美の思う「友達」という存在は、自分の現在を考慮するならまるで説得力のないものだがーーあの日々、共に過ごした彼は、まさしく友達と呼べる存在だったはずだ。
「あたし・・・・・・ずっと、考えてたの。どうしてあたしには、なかなか、女の子の友達が出来ないのかなって。どうしたら、友達になれるのかなって。もしかしたら、友達が欲しいなら、今のままのあたしじゃダメで・・・・・・みんなが友達と思ってくれるようなあたしにならなきゃいけないんじゃないかって」
「必要ないでしょ、そんなの。・・・・・・あたしは、今のまんまのあんたが嫌いじゃないもの」
「本当? 今のあたしって、どんなところが?」
「そーいうことを臆面もなく言えちゃうところよ」
自分の素直な気持ちを口に出せる。そこに打算めいたものはまるで感じさせない、自然体。そんなりょう子の性格は、ひねくれ者の自分としては単純に、魅力的な少女だと朝美は思うのだ。
「よくわかんないよ~、涼原ちゃん~」
「てか、言わせないでよこんなこと」
恥ずかしいじゃない、と言ったらなんとなく負けのような気がして、あえて半端に言葉を切る。ますますわけのわからないりょう子はやきもきしてしまい、ばたばたとせわしなく動作してそれを訴える。
それでも黙殺する朝美に、やがてりょう子は小さくため息をつく。それはひと遊びしてはしゃいだ後のひと息のようで、安らかだった。
「わかった。さっきのお願いは、もういいよ。涼原ちゃんは、やっぱりーーとっくに、あたしの願いを叶えてくれてたみたいだから」
りょう子は手を伸ばし、ペンダントライトにぶら下がる、黄色い石を取り外す。うっすらとかぶっているほこりを除けるのに、石を撫でる手つきは優しかった。
「でーも、あたしだって長い間、大事にしてた石なんだから。タダであげちゃうわけにはいかないよっ」
「ちっ・・・・・・ちゃんと覚えてたのね、そこのところ」
わざとらしく舌打ちしてみせると、りょう子は思った以上に喜んだ。それが朝美の思うつぼとは、おそらく考えていないだろう。
「だからぁ、今夜は、あたしの気が済むまでお話しに付き合ってよね。涼原ちゃん!」
大切なものを譲り受けるのだから、それくらいなら安いものだ。そう思うのに、どういうわけかもたげてくる、軽く意地悪に振る舞ってやりたくなる気持ち。
「まだ何かあるの。ほらぁ、見てみなさいよこれ。すっかり溶けちゃったじゃない」
会話の内、朝美の手の中のカップアイスはすっかり液状に戻ってしまっていた。
「うんうん、こういうのが、『涼原ちゃんらしい』ってことだよね~」
自分で振っておいて、なんだか釈然としない。かと言って必要以上に食い下がるのも億劫なのがまた自分らしくて。朝美はりょう子に悟られぬよう、胸の内だけでこっそり笑うのだった。
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イリサ「読んでくださりありがとうございました!」
例えば、太陽や月の光を浴びせることはこの黄色い石の力を満たす栄養みたいなものだと。だからりょう子は、光のよく射す位置にあたる、このペンダントライトにぶら下げていた、と朝美に打ち明ける。
「それで毎日、お願いしていたの。流れ星が消えるまでに3回願い事を言えたら叶う、っていうけど、それと同じような気持ちで。お祈りするみたいな感じで、どうかあたしの願いを叶えてくださいってね」
りょう子の話す間、朝美は彼女を見ずに石を見上げていた。
「でも、願い事はまだ叶ってない。あたしの、石を大事にっていう気持ちが、願いを叶えてもらうには足りなかったのかもね。そういうことなら、あたしにその石はもう必要ない。だって、願いは代わりに、涼原ちゃんに叶えてもらえばいいもん」
「あたしに?」
「そうだよ。石をあげるから、ひとつだけ、あたしのお願いをきいてほしいの」
りょう子の願いというのが何だかわからないが、あまり大それたことは出来ないだろう。朝美はそう思うのだが、口にはしない。朝美は、りょう子の黄色い石が欲しかった。それを必要としている少年に渡すため。
もしりょう子の希望に応えられないのなら、駆け引きが必要になる。余計なことを言うべきではない。切実な心情を吐露しているりょう子に対して、朝美は心乱されることもなく、至って打算的であった。
「とりあえず、聞くだけならいいけど。何なの、あんたの願い事って」
それはね。一拍、大きく息を吸ってから、りょう子は答えた。
「涼原ちゃん。・・・・・・あたしの親友になってよ」
朝美は、まっすぐりょう子を見ていた。その言葉が耳から意識下に到達した、まさにそのタイミング。
りょう子の目は、普段の彼女の天真爛漫な性質にまるでそぐわないかげりを帯びていた。まるで、願いという名の亡霊にとりつかれ、今まさに心身の主導権を奪われでもしたかのように。それもそのはずだが、朝美には知る由もない。りょう子が数年に渡って、ただひたすらに、石に捧げてきた願いが解き放たれようとしているのだ。りょう子に言わせれば、そういうことなのだった。
「それは無理よ」
そんなりょう子のことを深く考えるでもなく、朝美は言った。精一杯、当たり前のことを言うようにつとめた。
そのたった一言を理解するまでに、りょう子はたっぷり時間をかけた。受け入れたくなかったというのもあり、変わらぬ朝美の態度にそれが避けられないことを思い知らされる。
弱々しくかぶりを振る。みるみるうちに目の中に溜まっていく水分は、かろうじて表面張力が働いてこぼれ落ちることはまぬがれた。
「涼原ちゃんも、あたしのこと、嫌いだったの? もしかして、こんなこと言ったから嫌いになった?」
「そうじゃなくて。親友? だの友達だのは、口約束でなるもんじゃないでしょ」
「それでも・・・・・・あたし、欲しかったんだもん。いつでも一緒にいてくれて、同じものを見ていられる・・・・・・他に友達がいても、あたしのことを1番と思ってくれる『親友』が、欲しかったんだもん・・・・・・っ」
言いながら、ぐずり、鼻をすする音が聞こえた。
「何が親友よ。友達ったって、あんたのことばかり見ていてくれるなんてあるわけないでしょ・・・・・・そんなの、まるで」
言いかけて、朝美はふいに湧き上がった、吐き気に近い感覚を知った。ある感情ーー自己嫌悪がもたらす、馴染みのある不快感だ。
まるで、の後に続けようとした言葉。ーーそれはまさしく、過去の自分自身が抱いていた過ち、そのものだ。りょう子の今の思考は、だから自分に、彼女を非難する資格などあるはずもない。
朝美は次に踏み出す一歩に、一瞬、惑った。
「・・・・・・残念だわ」
ふいに、沈んだ声で呟く朝美に、りょう子は彼女を振り返った。目尻は涙に濡れているが、瞳に浮かぶのは訝しみだったり、意外なものを見るような表情だった。そんなりょう子の目とあえて目を合わせず、朝美は伏し目がちに、りょう子の部屋のぴかぴかのフローリングに目を落とすーー愛する我が家の、年季の入ったくすんだ木の床とつい比べて、同時に浮かんだのはその家で自分を待つ父と、少年のことだった。
芝居がかっているにも程がある。朝美は思うが、一斉一大の芝居のつもりで演じ続ける。
「だって、親友はともかくりょう子、あたしのこと友達と思ってなかったんだなって思ってね」
「そ・・・・・・」
そんなことないよ、と言いたいところだが、朝美が何を言おうとしているのか。いまいちわからなくてりょう子はつい口をつぐんでしまう。
「思い出してもみなさいよ。あたしが教室でどうしてるか。毎日のように、まともに会話があるのなんか、りょう子か栄一くらいのもんでしょう。つまり女子だったらあんただけ」
「う、うん・・・・・・」
「それは、りょう子が毎日飽きもせず、あたしに声をかけてくれてるからでしょ。そうやって当たり前に話が出来たり、こうして家に呼ばれてみたり・・・・・・」
朝美の言わんとすることにいまいち理解が追いつかないようで、りょう子はしきり、気弱げにうんうんと相づちをうつ。
「これって、とっくに友達ってことじゃないの?」
りょう子の語った、「一番」と言っても過言ではない。・・・・・・それはりょう子と比較する、身近なクラスメイト達との関係があまりに希薄なための相対的な意味合いでしかないのだけれど。
「少なくとも、あたしがそう思ってることに変わりはないし。りょう子が言いたいことは何となくならわかるけど、それでも、このあたしに、あんたと四六時中べーったり一緒にいろっていうのは無理があるでしょ。そんなあたしの姿、あんた、想像出来る?」
「うん・・・・・・なんだか、涼原ちゃんぽくない、かも」
「そうそう。わざわざ、『らしくない』ことしてまで一緒にいることの何が親友なのよ。そーいう演技やら遠慮やらなく、自然なまんま一緒にいて楽しいから友達っていうんじゃないの?」
朝美は、今となっては遠く過ぎ去ってしまったような日々を思い返しながらりょう子に語り聞かせた。朝美の思う「友達」という存在は、自分の現在を考慮するならまるで説得力のないものだがーーあの日々、共に過ごした彼は、まさしく友達と呼べる存在だったはずだ。
「あたし・・・・・・ずっと、考えてたの。どうしてあたしには、なかなか、女の子の友達が出来ないのかなって。どうしたら、友達になれるのかなって。もしかしたら、友達が欲しいなら、今のままのあたしじゃダメで・・・・・・みんなが友達と思ってくれるようなあたしにならなきゃいけないんじゃないかって」
「必要ないでしょ、そんなの。・・・・・・あたしは、今のまんまのあんたが嫌いじゃないもの」
「本当? 今のあたしって、どんなところが?」
「そーいうことを臆面もなく言えちゃうところよ」
自分の素直な気持ちを口に出せる。そこに打算めいたものはまるで感じさせない、自然体。そんなりょう子の性格は、ひねくれ者の自分としては単純に、魅力的な少女だと朝美は思うのだ。
「よくわかんないよ~、涼原ちゃん~」
「てか、言わせないでよこんなこと」
恥ずかしいじゃない、と言ったらなんとなく負けのような気がして、あえて半端に言葉を切る。ますますわけのわからないりょう子はやきもきしてしまい、ばたばたとせわしなく動作してそれを訴える。
それでも黙殺する朝美に、やがてりょう子は小さくため息をつく。それはひと遊びしてはしゃいだ後のひと息のようで、安らかだった。
「わかった。さっきのお願いは、もういいよ。涼原ちゃんは、やっぱりーーとっくに、あたしの願いを叶えてくれてたみたいだから」
りょう子は手を伸ばし、ペンダントライトにぶら下がる、黄色い石を取り外す。うっすらとかぶっているほこりを除けるのに、石を撫でる手つきは優しかった。
「でーも、あたしだって長い間、大事にしてた石なんだから。タダであげちゃうわけにはいかないよっ」
「ちっ・・・・・・ちゃんと覚えてたのね、そこのところ」
わざとらしく舌打ちしてみせると、りょう子は思った以上に喜んだ。それが朝美の思うつぼとは、おそらく考えていないだろう。
「だからぁ、今夜は、あたしの気が済むまでお話しに付き合ってよね。涼原ちゃん!」
大切なものを譲り受けるのだから、それくらいなら安いものだ。そう思うのに、どういうわけかもたげてくる、軽く意地悪に振る舞ってやりたくなる気持ち。
「まだ何かあるの。ほらぁ、見てみなさいよこれ。すっかり溶けちゃったじゃない」
会話の内、朝美の手の中のカップアイスはすっかり液状に戻ってしまっていた。
「うんうん、こういうのが、『涼原ちゃんらしい』ってことだよね~」
自分で振っておいて、なんだか釈然としない。かと言って必要以上に食い下がるのも億劫なのがまた自分らしくて。朝美はりょう子に悟られぬよう、胸の内だけでこっそり笑うのだった。
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イリサ「読んでくださりありがとうございました!」