「おっはよー!」
毎朝のことだが、りょう子が教室に入ってくるのはクラスメイトの中で決まって最後で、テンションの高い挨拶を入り口のところから投げかけてくる。その返事があるのはぽつりぽつり、男子ばかりで、女生徒の多くがだんまりを決め込むのも定番だった。
「おっはよ、涼原ちゃん!」
「おはよ」
朝美は自分から返事をすることはないが、自分の座席についている彼女の前に出向き、直接名指しをすれば自然に挨拶を返してくれる。愛想が良いわけではないが、自分を拒んだりはしない、朝美のそんなところがりょう子は好きだった。
「あれぇ? その、首から下げてるのって・・・・・・」
「申請ならもうしてきたわよ。これと同じ石、見たことない? 集めてるのよ」
赤いひし形の石と紐を繋ぐ金具の部分をつまみ、朝美は石をぶらぶらと揺すって強調する。
「集めてどうするの?」
朝美がひとつのものに執着するなど、りょう子には、彼女らしくはないように思えた。
「必要なのよ。・・・・・・こいつを全部集めると、願い事が叶うなんて子供だましを、真剣に信じてる知り合いがいてね。そいつにあげるの」
「それって、石が欲しいのは涼原ちゃんじゃなくて、涼原ちゃんの友達ってこと?」
「そういうことよ」
「ふぅん・・・・・・」
普段、朝美が求めていなくても喋り倒しているようなりょう子が口をつぐむものだから、朝美は首を傾げ、訝しむような目でりょう子を見上げた。それに構わず、沈みがちな声でりょう子は訊ねる。
「大事にしてるんだね、その子のこと」
「・・・・・・別に、なんだか頼りなくて、1人でやらせてるといつまでも終わりそうにないからってだけ」
つまらなそうな顔をしてそっぽを向いてしまう朝美だった。その表情のままが、朝美の本音だったらいいのに。そう思うのだけど、・・・・・・そうじゃない可能性もある、そういう素直じゃない優しさが彼女らしさであり、りょう子は朝美のそういったところが、気に入っているのだから。
「涼原ちゃーん、待ってぇ!」
帰りのホームルームも終わり、掃除当番でもない朝美はいつも通りにさっさと帰路についた。息を切らせて追いかけてきたりょう子が彼女にたどり着いたのは、校門を出たところだった。放課後、朝美に話すつもりでいたことがあったのに、帰りの支度にもたついて出遅れてしまったのだ。
「何慌ててるのよ。用があるなら、休み時間とか、いくらでもあったでしょうに」
「えへへ・・・・・・ど、どうしても、涼原ちゃんと、2人だけで話したかったから」
教室でも廊下でも、とにかく学校内、生徒のひしめき合う中で話したくはなかった。いや、それ以上に・・・・・・。
「途中まで、一緒に帰ろうよ。 歩きながら話すからさっ」
りょう子はもうずっと、夢に描き憧れ続けてきた――仲の良い女友達と、連れだっての帰り道を。
どうやらりょう子は、何事か企んでいる気がしてならない。朝美がそう察した根拠は、普段の彼女の邪気のない笑顔に、今日に限って、微かに含んだ感情が見えたからだ。
「で、話したいことって何よ」
そんな心中はあえて晒さず、朝美はシンプルに訊ねた。そんな朝美の動向に気づいているのかいないのか、判断はつかないけれど、りょう子は得意げに告白する。
「今朝言ってた、涼原ちゃんの探してるっていうあの石ね。あたし、似たような感じの持ってるよ」
期待していた反応がなくて――いくらクールな涼原ちゃんだって、少しくらい驚いたり喜んだりしてくれると思ったのに――りょう子は朝美をじっと見つめる。朝美はじとり、怪しいものでも見るような目で、
「あんた、それならどうして、朝の時点でそう言わないのよ」
「えっ!? ど、どうして・・・・・・だったかなぁ」
単にもったいつけたかっただけ、この後の条件提示につなげるため、などと正直に言えるはずもなく、りょう子は苦し紛れにごまかすしかなかった。
朝美の方も、学校で石を人目につけることで所有者を誘い出すという作戦がさっそく実ったことに満足して、りょう子の行動自体はもう気にしてはいなかった。そんな朝美の様子を探りつつ、当初の予定よりはずっと気後れした心持ちでりょう子は続ける。
「それでね、あたしその石を学校とかに持ち出す気はないから、涼原ちゃん、いるならあたしの家に取りに来てくれないかなぁ」
「別にいいけど、今日は無理よ。あたしん家の事情、前に話したでしょ」
「あぁ・・・・・・それならしょうがないよねぇ」
母の単身赴任で父と2人で暮らしている涼原家では、朝美も家事を担っている。父との距離も近い生活をしてきたため、彼に断らず放課後に遊び歩いて家に帰らない、などと朝美の感覚にはない。
「あ、そうだ。朝言ったあたしの知り合い、どうせだから一緒してもいい?」
「え」
「石がいるのはあたしじゃないって、言ったじゃない。まさか覚えてないってんじゃないでしょうね」
「覚えてるよぅ、ちゃんと・・・・・・うん、いいよ」
朝美としては、石を集めている少年に協力の約束はしたけれど、実際に石を手に入れるには少年自身が身を尽くすべきで、自分がしてやるべきではないと思う。
しかし、そんな朝美の意思はこれまたりょう子の都合には合わず、焦燥は少しずつ積み重なっていくようだった。ああ、どうしてこんなにも、うまく話がいかないんだろう。
朝美がその点を突っ込んで訊ねてこなかったから弁解する必要はなかったが、りょう子が自分の石を自室から持ち出すつもりはない、というのにはそれなりの理由があった。
帰宅し、家政婦に挨拶をしてりょう子は自室に入る。同年代の子供達のそれと比べると、12帖の部屋は広すぎる程である。
室内は広さの割に置かれている家具類に派手なものはあまりない。テレビ、本棚、ソファー、ベッド、勉強机の、必要最低限があるのみだ。
本棚には、父の影響で文学小説が――とはいえ、りょう子が時間つぶしに本を読んでも、内容はあまり頭に残ってはいない。興味のない対象となるとこんなものかもしれない――母の影響でよくテレビを見るから、芸能雑誌の類を――しかし、数いる芸能人の中でも何より母の「ファン」である彼女は、雑誌に載っているその他大勢の芸能人にはやはり関心が薄い――今や隙間なく詰まっている。
ソファーには、雑貨屋でなんとなく買ってしまった動物のぬいぐるみが、行儀よろしく座っている。りょう子やそれ以外の誰かがこのソファーに座ったことはほとんどなく、実質、ぬいぐるみ専用のソファーになってしまっている、贅沢極まりない状態だった。
石は部屋のメインの照明であるペンダントライトの飾りに引っかけて、ぶら下がっていた。
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イリサ「読んでくださりありがとうございました!」
毎朝のことだが、りょう子が教室に入ってくるのはクラスメイトの中で決まって最後で、テンションの高い挨拶を入り口のところから投げかけてくる。その返事があるのはぽつりぽつり、男子ばかりで、女生徒の多くがだんまりを決め込むのも定番だった。
「おっはよ、涼原ちゃん!」
「おはよ」
朝美は自分から返事をすることはないが、自分の座席についている彼女の前に出向き、直接名指しをすれば自然に挨拶を返してくれる。愛想が良いわけではないが、自分を拒んだりはしない、朝美のそんなところがりょう子は好きだった。
「あれぇ? その、首から下げてるのって・・・・・・」
「申請ならもうしてきたわよ。これと同じ石、見たことない? 集めてるのよ」
赤いひし形の石と紐を繋ぐ金具の部分をつまみ、朝美は石をぶらぶらと揺すって強調する。
「集めてどうするの?」
朝美がひとつのものに執着するなど、りょう子には、彼女らしくはないように思えた。
「必要なのよ。・・・・・・こいつを全部集めると、願い事が叶うなんて子供だましを、真剣に信じてる知り合いがいてね。そいつにあげるの」
「それって、石が欲しいのは涼原ちゃんじゃなくて、涼原ちゃんの友達ってこと?」
「そういうことよ」
「ふぅん・・・・・・」
普段、朝美が求めていなくても喋り倒しているようなりょう子が口をつぐむものだから、朝美は首を傾げ、訝しむような目でりょう子を見上げた。それに構わず、沈みがちな声でりょう子は訊ねる。
「大事にしてるんだね、その子のこと」
「・・・・・・別に、なんだか頼りなくて、1人でやらせてるといつまでも終わりそうにないからってだけ」
つまらなそうな顔をしてそっぽを向いてしまう朝美だった。その表情のままが、朝美の本音だったらいいのに。そう思うのだけど、・・・・・・そうじゃない可能性もある、そういう素直じゃない優しさが彼女らしさであり、りょう子は朝美のそういったところが、気に入っているのだから。
「涼原ちゃーん、待ってぇ!」
帰りのホームルームも終わり、掃除当番でもない朝美はいつも通りにさっさと帰路についた。息を切らせて追いかけてきたりょう子が彼女にたどり着いたのは、校門を出たところだった。放課後、朝美に話すつもりでいたことがあったのに、帰りの支度にもたついて出遅れてしまったのだ。
「何慌ててるのよ。用があるなら、休み時間とか、いくらでもあったでしょうに」
「えへへ・・・・・・ど、どうしても、涼原ちゃんと、2人だけで話したかったから」
教室でも廊下でも、とにかく学校内、生徒のひしめき合う中で話したくはなかった。いや、それ以上に・・・・・・。
「途中まで、一緒に帰ろうよ。 歩きながら話すからさっ」
りょう子はもうずっと、夢に描き憧れ続けてきた――仲の良い女友達と、連れだっての帰り道を。
どうやらりょう子は、何事か企んでいる気がしてならない。朝美がそう察した根拠は、普段の彼女の邪気のない笑顔に、今日に限って、微かに含んだ感情が見えたからだ。
「で、話したいことって何よ」
そんな心中はあえて晒さず、朝美はシンプルに訊ねた。そんな朝美の動向に気づいているのかいないのか、判断はつかないけれど、りょう子は得意げに告白する。
「今朝言ってた、涼原ちゃんの探してるっていうあの石ね。あたし、似たような感じの持ってるよ」
期待していた反応がなくて――いくらクールな涼原ちゃんだって、少しくらい驚いたり喜んだりしてくれると思ったのに――りょう子は朝美をじっと見つめる。朝美はじとり、怪しいものでも見るような目で、
「あんた、それならどうして、朝の時点でそう言わないのよ」
「えっ!? ど、どうして・・・・・・だったかなぁ」
単にもったいつけたかっただけ、この後の条件提示につなげるため、などと正直に言えるはずもなく、りょう子は苦し紛れにごまかすしかなかった。
朝美の方も、学校で石を人目につけることで所有者を誘い出すという作戦がさっそく実ったことに満足して、りょう子の行動自体はもう気にしてはいなかった。そんな朝美の様子を探りつつ、当初の予定よりはずっと気後れした心持ちでりょう子は続ける。
「それでね、あたしその石を学校とかに持ち出す気はないから、涼原ちゃん、いるならあたしの家に取りに来てくれないかなぁ」
「別にいいけど、今日は無理よ。あたしん家の事情、前に話したでしょ」
「あぁ・・・・・・それならしょうがないよねぇ」
母の単身赴任で父と2人で暮らしている涼原家では、朝美も家事を担っている。父との距離も近い生活をしてきたため、彼に断らず放課後に遊び歩いて家に帰らない、などと朝美の感覚にはない。
「あ、そうだ。朝言ったあたしの知り合い、どうせだから一緒してもいい?」
「え」
「石がいるのはあたしじゃないって、言ったじゃない。まさか覚えてないってんじゃないでしょうね」
「覚えてるよぅ、ちゃんと・・・・・・うん、いいよ」
朝美としては、石を集めている少年に協力の約束はしたけれど、実際に石を手に入れるには少年自身が身を尽くすべきで、自分がしてやるべきではないと思う。
しかし、そんな朝美の意思はこれまたりょう子の都合には合わず、焦燥は少しずつ積み重なっていくようだった。ああ、どうしてこんなにも、うまく話がいかないんだろう。
朝美がその点を突っ込んで訊ねてこなかったから弁解する必要はなかったが、りょう子が自分の石を自室から持ち出すつもりはない、というのにはそれなりの理由があった。
帰宅し、家政婦に挨拶をしてりょう子は自室に入る。同年代の子供達のそれと比べると、12帖の部屋は広すぎる程である。
室内は広さの割に置かれている家具類に派手なものはあまりない。テレビ、本棚、ソファー、ベッド、勉強机の、必要最低限があるのみだ。
本棚には、父の影響で文学小説が――とはいえ、りょう子が時間つぶしに本を読んでも、内容はあまり頭に残ってはいない。興味のない対象となるとこんなものかもしれない――母の影響でよくテレビを見るから、芸能雑誌の類を――しかし、数いる芸能人の中でも何より母の「ファン」である彼女は、雑誌に載っているその他大勢の芸能人にはやはり関心が薄い――今や隙間なく詰まっている。
ソファーには、雑貨屋でなんとなく買ってしまった動物のぬいぐるみが、行儀よろしく座っている。りょう子やそれ以外の誰かがこのソファーに座ったことはほとんどなく、実質、ぬいぐるみ専用のソファーになってしまっている、贅沢極まりない状態だった。
石は部屋のメインの照明であるペンダントライトの飾りに引っかけて、ぶら下がっていた。
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イリサ「読んでくださりありがとうございました!」