「名吹ちゃーん、涼原ちゃん来てくれたよー。もう起きてってー」
「え~、結局行くのかよー。りょう子だってあんだけ嫌がってた癖にー」
「うぅ、わたしだってほんとは行きたくないけど、涼原ちゃんが・・・・・・」
栄一はあくびを噛み、りょう子は心底嫌がって、2人は揃って涙目をこすってみせる。この程度の訴えに引け目を覚える涼原朝美ではない。いつもならここで一発、厳しいことのひとつも言ってやるところだが。
「ねえ。あんた達さ、1組の湖月雅志ってどんなだか知ってる?」
先ほど、屋上で出会った、不思議なーーいいや、あれはそんな美しい形容よりも、奇怪だとかけったいだとか言った方が近いなと、朝美は考えを改める。
話題としては唐突な振りだったため、2人は揃ってきょとんとした顔だ。
「湖月ちゃん? 知ってるよ、去年は同じクラスだったから。1組って特進クラスでしょ? その中でもいっちばん成績いいから、名前だけだったら2年生で知らない人はいないんじゃないかなぁ」
「あー、あいつね。ありゃあ、はっきり言ってどっかおかしい人間だね」
「どっかおかしい、っていうと、つまりはあんたみたいな?」
「そうそう。俺みたいなタイプの壊れぶり」
冗談めかして言ってはいるが、自分と同じ、という点に否定は感じさせない口振りだ。
「それはともかく、具体的に何がおかしいっつーと、湖月って学年の進級に関わる期末テストの時だけ本気出して学年トップ取るんだ。で、小テストだの中間テストだのは白紙で出して0点なんだと。親も何回か呼び出されてるらしいぜ」
「0点て・・・・・・仮にもここは私立でしょ。なんだってそんなことがまかり通るのよ」
確かに、進級に関わるのは期末テストの結果だけかもしれない。しかし私立中学というのは、公立と違って、学校側が求める学力や条件に満たない生徒を辞めさせることくらい出来るはずだ。
「そりゃあもちろん、ここが噂に名だたる馬鹿私立だからだろう?」
栄一も、こともなげに言う。
この町には、中学校がふたつある。ひとつは県立木庭中学校。学力、生徒の素行、教育内容など、公立中学としてはどれをとっても平均的な学校である。
もうひとつが朝美達の通う、この城参海大学付属中学校だ。その名の通り大学に付属する中学、高校へとエスカレート式に進学出来る、中高一貫教育の私立学校である。この学校は県内、及び近接する県下ではある理由で名が知られている。いわく、入学金さえ支払えば誰でも入学出来るという評判によって。
木庭町にある高校には、城参海大学付属の高校と県立木庭高校があり、木庭高校は県内有数の進学校として知られる。町内では、木庭高校へ進学出来るあてのない生徒は最初から城参海大付属中学へ入学させてしまえという風潮がある。城参海大中学の入試はあってないようなもので、試験を受ければほぼ全員が入学を認められる。馬鹿げたことにそれは中学に限らず、高校、大学進学の試験においても同様だった。つまり、中学から入学していれば大学までノンストップで、確実に進学出来るということだった。
「馬鹿ばっかりの学校だけど、ここを滑り止めにして本命受験落っこちたのとか、大学の方に目当ての学部があるだとか、他にも色々の事情だとかで、少しばかりはそこそこ頭のいいのも入ってくるだろ? そういうのを早い内から囲い込んで、少しでもいい大学に入って学校の評判上げて欲しいって魂胆らしいぜ。実際、去年の高三だって国立大に合格したの、何人もいるらしいし」
「聞けば聞く程、最低辺もいいとこだわ・・・・・・」
朝美とて、転居が決まった折、好き好んでこの城参海大学付属中学を選んだわけではなかったのだ。彼女は大学進学に興味がなかったから、本来は――少なくとも現時点において、朝美は将来、父親の稼業を支える立場になろうと願っていた――この学校とも近くにある県立木庭中学に編入するつもりでいた。それを城参海大中学に進んだのは、他ならぬ父親の願いであった。
いわく、朝美の両親は2人共、大学に進学していない。1人娘である彼女だけでも、どこかしらの大学へ進んで、卒業して欲しいというのが2人の願いだと。父を敬愛する朝美は、彼にそのように言われて無碍に出来るような意志を、持ち合わせてはいなかった。
「でも、先輩から話聞いた限りじゃ、やっぱ中2から特進クラスっちゅーのはみんな、考え方がどうにかおかしくなるらしいぜ。一般クラスは無意味に特進を目の敵にして、他のクラスとの断絶も激しいし。成績優秀な奴なんか毎年いちいち変化あるわけじゃなし、2年から高校卒業までの5年間もほーっとんど同じクラス。そんなんで、同じメンバーでずーっと過ごしてくると」
何に対しての配慮だか知らないが、栄一は朝美を手招きし、耳元に口を寄せて囁いた。
「特進クラスって、同性同士で恋人なんじゃって、噂になる奴らが多いんだってさ」
どうでもいいようなことでいて、それでも、特進クラスを中学2年などといった段階から設けることには、やはり朝美は悪い意味で特異性を感じずにはいられなかった。
そういえば、朝美が編入して早々、全学年のクラス別対抗の球技大会があった。その際の、他のクラスはともかく特進には負けないぞ、という発言の散見されたことに辟易した。
朝美は心底から馬鹿じゃないかと思うのだが、学力で劣っている点をそれ以外、つまり体育、体力では負けないことで劣等感を穴埋めしたいのだろう。しかし現実、頭が良いからといって体力がないとは限らず、むしろその知性にそぐった判断力でもって、スポーツにも秀でた者が多く、球技大会で優勝を飾ったのは特進である、1組であった。
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イリサ「読んでくださりありがとうございました!」
「え~、結局行くのかよー。りょう子だってあんだけ嫌がってた癖にー」
「うぅ、わたしだってほんとは行きたくないけど、涼原ちゃんが・・・・・・」
栄一はあくびを噛み、りょう子は心底嫌がって、2人は揃って涙目をこすってみせる。この程度の訴えに引け目を覚える涼原朝美ではない。いつもならここで一発、厳しいことのひとつも言ってやるところだが。
「ねえ。あんた達さ、1組の湖月雅志ってどんなだか知ってる?」
先ほど、屋上で出会った、不思議なーーいいや、あれはそんな美しい形容よりも、奇怪だとかけったいだとか言った方が近いなと、朝美は考えを改める。
話題としては唐突な振りだったため、2人は揃ってきょとんとした顔だ。
「湖月ちゃん? 知ってるよ、去年は同じクラスだったから。1組って特進クラスでしょ? その中でもいっちばん成績いいから、名前だけだったら2年生で知らない人はいないんじゃないかなぁ」
「あー、あいつね。ありゃあ、はっきり言ってどっかおかしい人間だね」
「どっかおかしい、っていうと、つまりはあんたみたいな?」
「そうそう。俺みたいなタイプの壊れぶり」
冗談めかして言ってはいるが、自分と同じ、という点に否定は感じさせない口振りだ。
「それはともかく、具体的に何がおかしいっつーと、湖月って学年の進級に関わる期末テストの時だけ本気出して学年トップ取るんだ。で、小テストだの中間テストだのは白紙で出して0点なんだと。親も何回か呼び出されてるらしいぜ」
「0点て・・・・・・仮にもここは私立でしょ。なんだってそんなことがまかり通るのよ」
確かに、進級に関わるのは期末テストの結果だけかもしれない。しかし私立中学というのは、公立と違って、学校側が求める学力や条件に満たない生徒を辞めさせることくらい出来るはずだ。
「そりゃあもちろん、ここが噂に名だたる馬鹿私立だからだろう?」
栄一も、こともなげに言う。
この町には、中学校がふたつある。ひとつは県立木庭中学校。学力、生徒の素行、教育内容など、公立中学としてはどれをとっても平均的な学校である。
もうひとつが朝美達の通う、この城参海大学付属中学校だ。その名の通り大学に付属する中学、高校へとエスカレート式に進学出来る、中高一貫教育の私立学校である。この学校は県内、及び近接する県下ではある理由で名が知られている。いわく、入学金さえ支払えば誰でも入学出来るという評判によって。
木庭町にある高校には、城参海大学付属の高校と県立木庭高校があり、木庭高校は県内有数の進学校として知られる。町内では、木庭高校へ進学出来るあてのない生徒は最初から城参海大付属中学へ入学させてしまえという風潮がある。城参海大中学の入試はあってないようなもので、試験を受ければほぼ全員が入学を認められる。馬鹿げたことにそれは中学に限らず、高校、大学進学の試験においても同様だった。つまり、中学から入学していれば大学までノンストップで、確実に進学出来るということだった。
「馬鹿ばっかりの学校だけど、ここを滑り止めにして本命受験落っこちたのとか、大学の方に目当ての学部があるだとか、他にも色々の事情だとかで、少しばかりはそこそこ頭のいいのも入ってくるだろ? そういうのを早い内から囲い込んで、少しでもいい大学に入って学校の評判上げて欲しいって魂胆らしいぜ。実際、去年の高三だって国立大に合格したの、何人もいるらしいし」
「聞けば聞く程、最低辺もいいとこだわ・・・・・・」
朝美とて、転居が決まった折、好き好んでこの城参海大学付属中学を選んだわけではなかったのだ。彼女は大学進学に興味がなかったから、本来は――少なくとも現時点において、朝美は将来、父親の稼業を支える立場になろうと願っていた――この学校とも近くにある県立木庭中学に編入するつもりでいた。それを城参海大中学に進んだのは、他ならぬ父親の願いであった。
いわく、朝美の両親は2人共、大学に進学していない。1人娘である彼女だけでも、どこかしらの大学へ進んで、卒業して欲しいというのが2人の願いだと。父を敬愛する朝美は、彼にそのように言われて無碍に出来るような意志を、持ち合わせてはいなかった。
「でも、先輩から話聞いた限りじゃ、やっぱ中2から特進クラスっちゅーのはみんな、考え方がどうにかおかしくなるらしいぜ。一般クラスは無意味に特進を目の敵にして、他のクラスとの断絶も激しいし。成績優秀な奴なんか毎年いちいち変化あるわけじゃなし、2年から高校卒業までの5年間もほーっとんど同じクラス。そんなんで、同じメンバーでずーっと過ごしてくると」
何に対しての配慮だか知らないが、栄一は朝美を手招きし、耳元に口を寄せて囁いた。
「特進クラスって、同性同士で恋人なんじゃって、噂になる奴らが多いんだってさ」
どうでもいいようなことでいて、それでも、特進クラスを中学2年などといった段階から設けることには、やはり朝美は悪い意味で特異性を感じずにはいられなかった。
そういえば、朝美が編入して早々、全学年のクラス別対抗の球技大会があった。その際の、他のクラスはともかく特進には負けないぞ、という発言の散見されたことに辟易した。
朝美は心底から馬鹿じゃないかと思うのだが、学力で劣っている点をそれ以外、つまり体育、体力では負けないことで劣等感を穴埋めしたいのだろう。しかし現実、頭が良いからといって体力がないとは限らず、むしろその知性にそぐった判断力でもって、スポーツにも秀でた者が多く、球技大会で優勝を飾ったのは特進である、1組であった。
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イリサ「読んでくださりありがとうございました!」