GRASSBLOG あおくさにっき(完)
オリキャラねんどろいどの旅と、フィギュア好き夫婦と双子のわが子の記録
小説 yard(ヤード) 目次
ここは小説「ヤード」の目次

 懲りもせず続ける、週1必ず更新(だいたい月、火曜目標)を目指す連載小説。今度のカテゴリは「ファンタジー」ではなく「恋愛小説」になってしまいましたがどうなることやら。バナーもメインイラストも間に合わず見切り発進。
→3話の8にて無念の連続記録ストップですorz

あらすじ
父親以外に心を開けない孤高の女子中学生、涼原朝美は、秋の町で不思議な家出少年と出会う。
少年は、「魔女が町にばらまいた石をすべて集めたら、どんな願いも叶えてもらえる」というゲームをさせられていると打ち明ける。成り行きで彼の手助けをする羽目になった朝美は、次第に少年へ心を開き始める。
「石を揃えたら、君の願いを叶えてあげようか」そう語る少年の本当の願いとは? そして、朝美は何を望むのか?

本日、4話の4を追加しました。

イントロダクション

1話―赤い庭 1 2 3 4 5 6

2話―空の庭 1 2 3 4 5 6 7 8

3話―光の庭 1 2 3 4 5 6 7 8 

4話―思い出の庭 1 2 3 4

絵本 「かみさまのにわ」

5話―遠い庭

6話―隣の庭

7話―魔女の庭

8話―夢の庭

9話―神の庭





箱イリサ
イリサ「読んでくださりありがとうございました!」
2010.10.13 * 小説 yard(更新停止) * CM:0 * * top↑
* テーマ:自作恋愛連載小説 - ジャンル:小説・文学 *
小説 yard(ヤード) 4話の4
 目をこらさなくても、黒い布に点々と散る白い繊維はよく見えた。言い換えれば、目に付くのだが――あらためて、朝美は、自身の背後でおどおどと肩を縮めている小さな少年を振り返る。
「こんなもの、もっかい洗えばすぐ落ちるじゃない。かずは何をそんなびくびくしてるのよ」
 こんな、着たきり雀同然、何のこだわりもない自分の黒一色のワンピースのつなぎ如きのために、痛める必要のある胸などどこにあるというのだろう。服に対しては極めて冷めきった感情しか抱けない朝美にとって、どうでもいいことでしかないのだけれど。
「その、洗濯失敗しちゃったから・・・・・・怒られるかと思って」
「今度は、白いタオルとかこういうのを一緒に洗う時は、洗濯ネットに入れてくれればいいんじゃない?」
「そうすれば、大丈夫?」
 未だ、自分を見上げてくる目の気弱なことにいたたまれなくなって、朝美は答える気力も萎えて適当に相槌を返す。だから、物干し竿から黒いワンピースを抜き去って、脱兎のごとく駆けだした少年を引き留める機会を逃すことになる。
「あっ、ちょっとー!」
 家の中でどたどたと駆けずり回るな、と苦言を呈してやりたいところだったが、少年の体があまりに軽いのか大した物音が立つでもなかった。別の意味で、なんだか心配になってしまうような・・・・・・芽生え始めた感情を、朝美は振り払うために頭を数度振りたくる。

「朝美ー、朝美やーい」
 この古い家はやたらと勝手口が多く、そのひとつ、台所につながる扉から、父・裕二が庭へ出てきた。
「あ、お父さん」
 ごめんなさい、ただいまを言いに行くの後回しにしちゃって――帰るやいなや、少年に手を引かれ庭へ、物干し台の前へと立たされたのだ――そう言って眉を下げる娘の、あまり手をかけなくてもまっすぐなセミロングを維持できる娘の髪をぐしゃりとなぜる。
「それより朝美、お父さんな。昨日あの坊主と2人でいて気になったことがあるんだ」
「気になった?」
 朝美と、母。家族の前ではいつも朗らかでいる父なのに、表情が真剣だった。まるで、朝美が1度だけ覗いた、2階の仕事場で従業員を指導している場面に似た・・・・・・。
「昨日の晩飯、気が付いたら俺ばかりばっくばっく食ってて、あの坊主は茶碗の白飯以外ほっとんど口に入れなかったみたいでな」
 涼原の家では、おかずは大皿に人数分まとめて盛りつけをする。いつもは裕二と朝美と少年とで食卓を囲んでいたから、彼がおかずに手をつけないことを2人、共に見落としていたのだ。
「昨日はお父さんもいくつかおかず作って出したんで、口に合わなかったのかもしれないけどな」
「まさか。そっちの方がよっぽどないでしょ? 絶対に」
 朝美は、自分や母よりも、料理の腕は父に軍配が上がることを知っていた。母はもとよりずぼらな性格が災いして料理は苦手で。そんな母と数年間を2人で過ごしていた朝美もまた、今は自分の料理に自信を持てるような味を出すコツをつかんでいるとは言いがたい・・・・・・。
 母には負けずとも、朝美達母子が離れて暮らしている期間自炊生活をしてきた父の味にかなうとは、とても思えなかった。

 ――お母さんの料理嫌いは今に始まったことじゃないんで、しょうがない。子供の頃から調理実習とか嫌いだったもんなぁ。
 裕二はそう、恥じるでも照れるでもなく、自然にのろけてみせる。そんなお母さんでも、父は好きで一緒になったのだ・・・・・・。
 思い出すと、胸の奥に薄暗いもやが生まれるのを朝美は知っていた。母の気配の薄い、暗い廊下を歩きながら朝美は頭を振ってそれを追い払う。
 少年の行き先が、洗濯機の置いてある洗面所であることはわかっていたのだが、彼が庭から駆けだしてすでに数分。今もそこにいるということはあまり期待していなかったのだが、ありがたいことに少年はそこにいた。しかしその洗面所での彼の行動は朝美の予想の範疇にないものだった。

 彼の小さな体にはきっと、洗濯機の底の洗濯物に手が届かないのだろう。朝美にも見覚えのない、おそらく裕二が少年にあてがったと思われる小さな脚立。そこに立ち、すでに水を貯めて回転を始めている洗濯機の中を、少年は真剣な眼差しで見つめていた。
「かず、もしかして洗濯機動いてるの、ずーっと見てたりする?」
「うん・・・・・・」
「そんな見張らなくたって、洗濯機はさぼったりしないって・・・・・・」
 見当違いなことを言っている自覚はあったが、いずれにしろ、朝美に少年の行動の意味など理解出来るはずもない。
 少年は、洗濯機の中へ向けた目線は外さないまま、こう答えた。
「泡の音、聴いていたんだ。人魚姫って・・・・・・泡になって消えちゃったのって、こんな感じだったのかなって思って・・・・・・」
「人魚姫って・・・・・・」
 また唐突な話だわ、と思っても、そう話す彼の声は熱心な眼差しと裏腹に寂しげで、とても茶化すような気にはなれなかった。
「あんたのイメージだと、人魚姫が泡になって消えるの、こんなに激しい感じなわけね。ふぅん・・・・・・」
「君にとっては違う?」
 小さな好奇心を宿して、少年はその目を、ようやく朝美へ向けた。たったそれだけのことに、朝美は胸に小さな――それこそひとつの泡のようにささやか、湧いて出たのに気がつかなかった。それでもどこか浮ついた調子で、
「泡ったって色々あるでしょう? ・・・・・・どうせ休みですることもないし、連れてって見せてあげる」

 連れていってあげる、とは言っても、制服から着替えてさえいない朝美には出かけるにあたって準備がある。家の中にいても手持ちぶさたでしかない少年は、庭へ出て、さらに土手へ通じる石段を上がって、いつも通りに川を望む。
 ・・・・・・この川から、捜し求める、魔女の石の気配が確かにする。それは最初っからわかっている。だからといって、そこからどうしたら石へたどり着けるのかまでは、自分にはまるで思いも寄らないのだ。
 言うまでもなく、川には水の流れがある。一見浅瀬であるこの石野川だって、流れは決して緩やかでないはずだ。それなのに石の気配は絶えずして、しかしその位置は特定出来るわけでもなく・・・・・・。
 要するに、少年は確信を持てないでいるのだ。場所さえわかれば、この季節の川に立ち入るのだって恐ろしくはない、その自信はあるのに。闇雲に川に足を踏み入れたからって、石を手に入れることは出来ないという思いが、ただ川を眺めるしかない日々に彼を滞留させている。

 ――このままずっといて、あの子やおじさんに甘えて迷惑をかけるなんて、いいわけんだけど・・・・・・。
 知らず、ため息を吐いていた。進むことも出来ず、戻る場所もない。八方ふさがりの現状がやるせない。そして、溜まりに溜まっていく焦燥を発散させる術を、少年はまるで心得ていない彼に出来るのは、せめて重たい息を吐き出すくらいしかないのだった。
 ――あれ・・・・・・?
 気力の乏しい目をふと上げると、数メートル先、どこかの中学校の制服らしいものを着た男子と、一瞬だけ目が合った。こんな開けた場所で1人ぼっち、堂々と落ち込んでいる少年だ。奇異の目なら向けられてしかるべきではある。そこまでの自覚はなくても、少年はその違和感には思い当たった。
 男子中学生は、少年と目が合った途端に、ぎくりと表情をこわばらせた。次の瞬間には、自然を装えたと思えているのは本人だけ――そんな動作でぷいと目を逸らし、こちらへ向かって歩いていた進行方向さえ反転させて去っていった。




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箱イリサ
イリサ「読んでくださりありがとうございました!」
2010.10.11 * 小説 yard(更新停止) * CM:0 * * top↑
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小説 yard(ヤード) 4話の3
「ところでさ、君、名前はなんていうの?」
 いたって自然に過ぎるりょう子の質問に、ぎくり、少年は表情をこわばらせた。
「言えないんだってさ」
「え、なんでぇ?」
「名前とか素性とか知られちゃうと、ここにはいられなくなるって。連れ戻されちゃうんじゃない?」
「へぇ~、もしかして名前を言ったらどこのお家の子かわかっちゃうくらい有名ってこと? すっごーい」
「いや、あんたには負けるでしょ、確実に」
 りょう子は、女優である母親とうり二つの容貌をしている。その上、どこかのテレビ番組で「りょう子」という名前を彼女の母は公表しており、2つセットで彼女のルーツは誰が見ても明らかなのだった。
「涼原ちゃんと一緒にいたいっていうのはいいんだけど、ちゃんと帰らないと、お父さんやお母さんが心配するんじゃないかなー」
「・・・・・・りょう子ったら、意外とまともなことも言うんじゃない」
 涼原ちゃんと一緒に、という部分に突っ込んだらりょう子の思うつぼであると理解して、朝美は素直な感想を述べる。案の定、りょう子はころりと罠にかかってくれる。
「ひどいなぁ、涼原ちゃん。そりゃあ、わたしだってお父さんとお母さんがいるんだから、それくらいはちゃんとわかるよ。いなかったら、わかんないかもしれないけど」
「なるほどね」
「心配、するかな。・・・・・・おれ、お父さんにもお母さんにもたくさん迷惑をかけてきたから・・・・・・」
 つぶやき、少年はうなだれる。一応は朝美達に心配をかけないようにと、あからさまな気落ちは見せないようつとめたつもりだったのだろう。残念ながら少年はあまり表面を取り繕うのは得意ではないようで、その努力はどちらかといえば無駄骨であったのだが。

「そ、そうだ! 名前がわからないんじゃ不便だから、あだ名を考えればいいんだよ」
 辛気くさい空気を変えようと、りょう子は柄でもない気遣いで話をそらしてみせる。
「えーとねぇ、かずおちゃんてどう?」
「ちょっと、何の脈絡もないじゃない。元ネタは何よ、かずおちゃん」
「わたしの知り合いのおじさんだよ。ほわわ~んとして、君と雰囲気ちょっとだけ共通点っていうか」
 いくら共通点、とはいえ、見も知らぬ赤の他人である。少年もさぞ微妙な反応をしてるだろう、と思いきや。
「・・・・・・」
「・・・・・・もしかして、気に入ったの?」
「えっ!」
 「かずおちゃん」と提案したりょう子へ向ける少年の眼差しは、驚き半分――もう半分は、何か尊いものを見るかのように、ひっそりと目を輝かせているようだった。
「えっと、その・・・・・・悪い名前じゃないと、思う」
 朝美には正直、少年の考えは皆目見当もつかないのだが、ひとつだけ確かと思えることがある。りょう子が深い意味などなく挙げた名前に、少年はまんざらの反応でもないということ。
「じゃあ、『かず』って呼ぶことにする。それでいい?」
 かずお、が悪いとは言わないが、りょう子しか知らないとはいえ別人の名前をそのまま流用するというのが朝美には引っかかるところがあり、そう提案した。
「よろしくねー、かずちゃん!」
「けど、いいのかなぁ」
 そう、朝美も、思い出さないではなかった。かつて少年は、朝美に打ち明けた。魔女は、願いを叶える石集めのゲーム以外にも、少年に「魔法」をかけ、彼が誰かの名を呼ぶことと、呼ばれることを禁じた。その条件を破れば、魔法を解いてしまうと。
「いいのよ。だって、あたしらがてっきとーにつけただけのあだ名なんか、あんたの大切な本名と比べたら何の価値もない。そんな程度のものが、あんたの大切な何かと引き替えになるような、ペナルティになんかなりっこないでしょ」
 魔女が少年にかけた「魔法」の中身を、朝美はまだ知らない。
「大切な、本名・・・・・・?」
「そ。大切でしょ? あんたの名前にだって、親の考えた由来ってあるんじゃない?」

「ちなみにわたしの名前ねぇ、お父さんが竜に子ってかいて『りょうこ』って読ませたかったらしいんだけどね? 『竜』って字は普通、『りょう』とは読まないって生まれてから気が付いたんだって」
「ていうかりょう子のお父さんて作家じゃなかったっけ?」
 漢字も読めないのに、とは言うまでもなくりょう子も察しているようで、あはは、と乾いた笑いを浮かべている。要するに、言われ慣れているのだった。

 りょう子と別れ、父の待つ我が家への帰り道。川沿いの土手を歩いていると、背後をついてくる少年の足音に、とぼとぼと、気落ちした気配が嫌というほど伝わってきた。
「何をへこんでるのよ、さっきから」
 りょう子と話していた間も、両親の自分への感情を想うことで落ち込んでいる様子はあったが、あだ名を決めるくだりでいったん浮上したはずの心情をまたしても沈ませるようなやりとりがあったようには朝美には思われない。それでも、現に少年は落ち込んでいるわけで。
「おれの、本当の名前・・・・・・おれにとっても、つけてくれたお母さんにとっても、自慢の由来があったんだ」
「へぇ・・・・・・」
「それを自慢出来ないのが、なんとなく、残念な気がしちゃって。ねぇ、君の名前は、どんな由来があるの?」
 りょう子のように恥ずかしげもなく、自分の名前の由来など語れる気はしなかったが、それで少年の気がまぎれるならと朝美は思う。
「あたしのお父さんとお母さんは、この町で生まれてね。お母さんの名前は夕子っていうんだけど、おじいちゃんが、この町の、ひろ~い川の向こうに日が沈んでいく夕暮れどきの景色が、大好きだったからつけたんだって」
 朝美にとっても故郷である、この木庭町のシンボル。町の中央を貫く石の川は横幅が広大であり、沈んでいく夕日にその川が染められる様は確かに見ほれるまでに美しい。
「うちのお父さん、趣味で夜明け直後にジョギングしてるんだけど・・・・・・朝焼けの町の景色だって、夕焼けに負けないくらい綺麗だって、あたしに朝美って名をつけたのよ」
 父、裕二と母、夕子は、幼なじみだった。現在も父が営んでいる町工場は元は母の実家であり、裕二も子供の頃から出入りをしていた。朝美にとっては祖父である、夕子の父とも裕二は子供の頃からの馴染みであり、祖父の死後、彼が生前守ってきた町工場を失うことを裕二は忍びなく思い、その後継ぎを買って出た。
 娘に、母と対になる名をつけた――それはすなわち、夕子の名をつけた祖父に対する敬意でもあるのだった。

「いい名前だね。お母さんともお揃いだし」
「お父さんはいつでも、お母さんが第一だからね・・・・・・」
 生まれた娘にも、母と揃いの名をつけた。それを思い起こす時、朝美は自分の内に生じる醜い衝動に、自己嫌悪で気が遠くなるように感じる。その感情を振り払うように、朝美は意識を別の対象へ誘導する。
「お父さんといえば、昨日はどうだった?」
「おじさんは、色んなことを話してくれたよ。ほとんど、君と、君のお母さんのことだったけど」

「おれのお父さんも、君のお父さんみたいだったら良かったなぁ」
「何が?」
「話してる時の顔がね。おじさんは君達のこと、本当に大好きで、大切なんだって、よくわかるから。だから君も、お父さんのことが、大好きなんだよね?」

 ・・・・・・朝美は、出会って間もない人間に、見透かされたようなことを言われるのは愉快ではないと思う。しかしどうしてなのか、少年の口から出たその真実は、別に不愉快ではなかった。




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箱イリサ
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2010.09.13 * 小説 yard(更新停止) * CM:0 * * top↑
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小説 yard(ヤード) 4話の2
 秋らしく澄み渡った青空の下、本日は風が微弱で、重たく水を吸った衣服は洗濯物干しから垂れ下がってたなびくこともない。少年はその様子を、暗い気持ちで眺めていた。
「まぁだ気にしてんのかい? 元気出せって!」
 縁側に腰を下ろす少年は思いの外小柄すぎて、涼原裕二は撫でようとした頭に手を置き損ねた。ずるりと滑って、少年の上に倒れ込んでしまいそうになるのを慌てふためき耐性を立て直す。そんな様子を見上げる少年の目は、長い前髪に阻まれてちらとしかうかがえないが、途方に暮れているのだけは見てとれた。
「そう気に病まなくたってなぁ、朝美は気にしないと思うぞ? せっかく、坊主がお父さんの仕事手伝ってくれたっていうのに、それを無碍にするような子に育てた覚えはないさ!」
「でも・・・・・・」
 あえて茶化して言ってみても、効果はない。裕二も困り果てて、少年の目線を追いかけ洗濯物に目をやる。
 縁側と物干し台まで距離があって、流石に肉眼ではわからない。ただ、近寄ってみると一目瞭然。朝美が最も愛用している――というより、手抜きのための常套アイテムというべきか――黒いつなぎのワンピースに、無数の白い繊維がくっついているのだ。
 りょう子の家に泊まった朝美から、「留守を頼まれた」――朝美としては別に、彼に多くを求めるつもりはなかったのだが――少年は、彼女が帰宅するまではこの家から外へ出ることなく、少しでも裕二の助けになりたいと思っていた。そこへ、洗濯をしようとしていた裕二に手伝いを申し出た、その結果。黒いワンピースと、バスタオル類などをごっちゃに洗ってしまったために、タオルの繊維が移ってしまったのだった。
「おじさんはなぁ、ぼうずがわざわざ手伝ってくれるってだけで、じゅ~うぶんすぎるくらい嬉しかったんだぞ? その気持ちもわからないような朝美じゃないって、この父が保証する」
「・・・・・・うん、そうだね。でも、会ったらちゃんと謝る」
「そうそう、それでいいんだよ」
 自分の、目先の失敗にとらわれて落ち込んでいたが、確かに裕二の言う通りなのだ。朝美は、裕二の手助けをしたいと自ら願ってくれた、少年の気持ちを汲んでくれないはずがない。この数週間、彼女を見ていて、少年は「朝美なりの」優しさというものがすっかり想像に容易くなっていた。

 心に余裕が生まれて、そういえば、と少年は思う。
「洗濯物を干すのは、いつもおじさんの仕事なんだね」
 朝美の留守にしている日中、少年も町に出てこの家にはいない。そして彼女の下校時に待ち合わせ、2人で帰ってくると、庭の物干しには洗濯物がぶら下がって、仕事の定時上がりに裕二がそれを取り込んでいる。そんな日常光景を、少年は思いだしたのだった。
「まぁ、分担するんなら、女の子の腕に水吸って重たい洗濯もん持ち運びさせるのもかわいそうだろ?」
 ただでさえ、遊びたい盛りの娘に家事という負担をかけていることに、裕二も心苦しく思う時がある。この程度の気遣いくらいは当たり前のことだ。

「ねぇ、おじさん」
「ん? なんだい」
「おれ、どうしたらおじさんみたいに、大きくて、腕も太くなれるかなぁ」
 少年の言わんとすることが何なのか、裕二は瞬時には理解出来なくて、とまどった。よくよく考えると・・・・・・いや、自分を見上げる、少年の小さな体を見れば簡単なことだ。裕二は彼の歳を具体的には聞いてはいないが、見た目から判断する年相応より、おそらく少年は小柄な部類に入るだろう。
「そうだなぁ・・・・・・まず、きちんと寝て、体をめいっぱい動かす! おじさん、学生の頃は柔道してたおかげで今の体が出来たわけよ。ぼうず、運動はよくする方か?」
「う~ん・・・・・・たぶん、あんまりしてないかも」
 外に出ることは、少ないわけではなかった。ただそこで運動していたわけでもないので、少年は素直にそう答えた。
「あと、好き嫌いしないでよく食べること! 嫌いな食べ物はないだろうなぁ?」
「うん。それは大丈夫」
 話の流れのついで、裕二は昨日、彼と2人で過ごして目に付いた気がかりに関して探りを入れたが、疑っていた通りの回答でなかったことに密かに首を傾げた。

「そんじゃ、なるべく牛乳飲むってのはどうだ」
「それは・・・・・・もしかしたら、効き目ないかも」
「そ、そうかい」
 自分でも、投げやりに過ぎる提案と思ったが、悪い方向で心当たりのありそうな少年の落ち込みようにはさすがに申し訳ない気持ちになる。
「ようし、最後に極めつけを教えてやろう」
「え?」
「体が大きくなりたいんだな? おじさんみたいに」
「うん」

「それなら簡単さ。ただ生きて、大人になりゃいいんだ。ぼうずはまだまだ成長途中なんだから、今は小さいのが気になるだろうが、忘れた頃には今よりずっと大きくなってるさ」
「大人になるまで、生きる・・・・・・」
 軽い気持ちで、ほんの少し得意な気持ちで語っていた裕二だが、少年の反応は期待とは真逆で。気の抜けたつぶやきにすっかり気をそがれて少年を見つめると、彼はすでに自分を見てはいなかった。何か思索に耽っているようで、
「ぼうず?」
「えっと、その。そろそろ、待ち合わせだから」
 行ってきます、と、まさしく逃げ出すような態度で、少年は庭を走り出ていった。

 いつもの橋の上だが、土曜日だというのに自分は制服を着ていて、空がまだ青くて、傍らにはクラスメイトまでいる。そして、いつもは待たせる側であるから、約束の時間に彼が現れるのをただ待っていなければならないというのが、朝美はなんとなく不思議な心境だった。
 彼はやって来た。どういうわけか、まだ待ち合わせの時間にはずいぶんと余裕があるにも関わらず、小走りで息を切らせて。どこか慌てているようにも見えるが。
「あ、あれ・・・・・・? もしかして、もう、時間過ぎちゃってる?」
「違うわよ。あたしらが早く着いちゃっただけ。これ、さっき電話で話した田中りょう子」
「涼原ちゃん、その紹介ひどくない?」
 朝美と違って、りょう子は私服を来て出てきている。朝美も彼女の私服は初めて目にしたが、さすが女優の娘と言うべきか、それなりにおしゃれな装いだとは思う。
「ないない。この気安さがあたしの親愛の証だから」
「えっ、そうなの? ならしょうがないかぁ」
 こんな手でほだされてくれるりょう子が好きよ、とついでのように言ってやると、りょう子は大げさにありがとう! などと言って抱きついてくる。暑苦しいのはたまらないので、やんわりと引きはがすと、珍しく素直にその意向にりょう子は応じた。それは本来の目的を彼女が忘れていなかったことを示していたようだ。
「この子が、石を欲しいっていう、涼原ちゃんの友達だよね。へー、ちっちゃーい! かわいー」
 中学生女子らしい体格のりょう子より、さらにひと回りほど小さい少年に、りょう子は歓声をあげつつ彼の頭をさらさらと撫でる。
「でも、この季節にその格好は気が早いんじゃないかなぁ。暑くないの?」
 初対面のりょう子だからこそ、すらりと違和感を指摘したのだろう。10月の半ば・・・・・・朝美が出会ったのはもう少し前だから、今日よりもっと暑かった。そんな時期から少年は、冬物のダウンジャケットにマフラーという出で立ちだったのだ。朝美はそこ点をすっかり失念していた自分に少しばかり恥じらいを覚えたが、この追求はりょう子に任せられるようなので、そこ影でこっそり頬の火照りを冷ますことにした。
「あの、暑いとか寒いとか、あんまりわからなくて」
「だからその格好で平気なんだ? それにしてもこの上着、なんとなくかわいいデザインだよね。それにマフラーもうさちゃんなんだね!」
 残暑に冬服、という状態への説明としては期待はずれだったが、りょう子任せにしてしまった以上は自分が文句を言う筋合いでもないと、朝美は諦めるしかなかった。




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2010.09.06 * 小説 yard(更新停止) * CM:0 * * top↑
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小説 yard(ヤード) 4話の1
yard4話


 常日頃から、涼原朝美は夜に強い方ではなかった。学校から帰り、父との2人暮らし――現在は、町中で保護した家出少年との3人ではあるが――に、必要な家事をこなし、宿題など翌日の準備を済ませて。無趣味であるために他にやることも思い浮かばず、所在なくベッドの上に身を投げ出せば、私服のままでもいつの間にか眠りに落ちてしまっている。
 田中りょう子に招かれ、彼女の部屋にひと晩泊まることになっても、特別な夜であることに違いはなくともその習慣は抜けるわけではなかった。「お泊まりといえばお決まりでしょ!」などと主張するりょう子は、自分は床に敷いた布団をかぶり、彼女自身のベッドに寝かせた朝美に深夜まで語り続けていた。
 普段の朝美なら、そのような身勝手に付き合う義理もないと、自らの体の訴えるままに眠りに就いたことであろう。しかし、何分今日に限っては、朝美はりょう子に借りがある。
 どこか放っておけないところのある、不思議な家出少年は、魔女がこの町にばらまいたという石を探していた。全てを集めれば願いが叶うという石。少年に協力することに決めた朝美は、りょう子が持っていた石が必要だった。ひと悶着あったとはいえ、結局りょう子は石を譲ってくれたのだから、朝美とて恩義を感じないほど無情ではないのだった。
 だとしても、朝美はついに、睡魔が限界に達しようとしているのを感じないではいられなかった。それに抗うのも、もはやかなわない。
「ねーえ、涼原ちゃんさぁ・・・・・・」
 かすんでいく意識の中で、その晩の、最後のりょう子の言葉が届く。
「涼原ちゃんて、好きな男の子、いるの?」
 眠ったはずの意識で、朝美ははっきりと、思った。都合の悪い問いのタイミングで、自分に都合良く眠りに入れた幸運に感謝した。

 好きな男の子なんて、今のあたしにいるはずがないでしょうに。・・・・・・昔は、確かに、いたのだけど。あの話を誰かに聞かせるなんて、・・・・・・。

 あ~あ、せっかくの土曜休みなのに球技大会で登校しなければならないなんて、くっだらないなぁ。グチをこぼす相手もない鈴原麻子は、胸の内で盛大に毒づくことで鬱憤を晴らしながら、人気のない廊下を歩いていた。学校指定としては今時珍しいのかもしれないが、ブルマの体操着から伸びる細い足。頭の後ろで腕を組んでいるため、大きすぎず小さすぎずいたって普通の胸が強調される。同年代の少女と比較するならやや大人びた方で、体型も整っている麻子だったが、そういった感覚に対してはひどく無自覚だった。
「・・・・・・あっれぇ? なになに、ひろとっちもサボリぃ?」
 無人と思って開けた、自分の教室のドア。窓際最後尾の彼自身の座席に、クラスメイトの笠位浩人は座っていた。ありきたりなポーズで窓の外を眺めていたようなのだが、この学校の窓は転落防止のために重厚な柵が取り付けられていて景色など見えない。そんな窓を1人きりで凝視しているのに疑問を覚えないでもなかったが、とりあえずはどうでもいいと思うことにした。
 浩人は、毎日洗ってはいるものの散髪や日頃の手入れなどが適当なぼさぼさの髪型で、伸びすぎた前髪の合間から覗く目は鋭い。この学校の男子は大半が茶髪に染めている中、浩人は手つかずの黒い地毛であり、根は真面目なのだろうとうかがえる。背丈も高く体格も悪くないため、ぱっと見でどこか威圧感があるのだが、口を開けば意外とごくごく普通の男子である。自分と違って、友達がいないわけではないようだと麻子は思っている。
 しかし、ふと気が付くと、いつの間にか仲間の輪から外れ、こうして人目を避けて1人で過ごしていることもよくあった・・・・・・麻子は学校で同級生と口をきくことはめったにしないのだが、浩人には特別感じるところもあり――言うなれば、匂うのだ。自分と同じ、「わけあり」で、同士めいた親近感があるのだった。もちろん、浩人の方にそういった感情は微塵もないこともわかっていたが。
「オレはさぼりじゃねーよ。自分の競技終わってんだから」
「するってーと、うちのクラス1回戦負けじゃない。やれやれだねー」
「鈴原だって、そろそろ出番だろ? 試合ふけるとか、ますますはぶられても知らねーぞ」
「あははー・・・・・・」
 麻子としても、別に最初っから、クラスメイトに嫌われるような自分になろうと思っていたわけではなかったのだ。・・・・・・自分の生まれがごくごく平凡で、ありきたりな少女であると疑いもしなかったかつての日々のように、振る舞えるつもりでいた。新しい生活、新しい学校に編入したとしても、今までの自分と何ら変わりがなく。
「ま、あたしすっかりそういう性分になっちゃってんだもん。だからしょうがないよね」
 と呟けば、浩人はどこか寂しげな眼差しで麻子を見やる。それが同情であるなら、麻子は浩人には心を開けないと思う。どうやらそうではないらしい・・・・・・というのは、今年、彼と同じクラスになってからの半年ほどですでに理解はしていた。

「なぁ、鈴原。適当にでいいから、オレの話聞いて答えてくれないか」
「なぁに、あらたまっちゃって」
 浩人にとって、麻子は特別でも何でもないクラスメイトでしかなく、その彼女へ答えを求めるのは荷が重い。そう思うのだが、どこか懐かしい人の面影のある麻子に、浩人はつい口が滑ったようだった。

「その昔、自分の落ち度で思いっきり傷つけてしまった人がいたとしてさ。もう今更ってくらい時間が経っちまってるんだけど、その人にもう1度会えるとしたら、鈴原は、謝りに行けると思うか?」
 無意識の気恥ずかしさから、そう問いかけながら浩人は麻子を見てはいなかった。内容が軽くはない自覚はあっても、彼女に深刻な解答を期待していたわけではなかったから――短くはない時間、沈黙している様子の麻子が気になって彼女の方へ向き直る。
「鈴原?」
「あ、ごめ、ごめん」
 放心しているようにも、眉をひそめているようにも見える表情をしていた麻子は、不意を突かれた呼びかけにびくり、大げさな反応を返す。う~ん、などとしきりにうめいた後、答えた。
「・・・・・・おキレイなこと言うなら、悪いことしたら謝らなきゃ、ってことになるんだろうけど。難しいよ。相手が、こっちの顔なんか2度と見たくないとか思ってたり、そのこと忘れてたりしたら・・・・・・会いに行くことで、そういう嫌なこと、思い出させちゃうかもしれないよね」
「・・・・・・だよ、なぁ」
 言い訳じみた考えだとわかっていても、浩人はそう思わずにいられなかった。
「それもあるし、どの面下げて、のこのこ会いに行けるんだってこともあるよな・・・・・・」
 もし、自分が目の前に姿を現したのなら、彼女はどのような反応を返すのだろう。それ以前に、自分は彼女の前でどんな顔をしていることやら。ーー謝罪したいという思いはもちろんあるが、想像してしまうと、浩人はどうしてもそれを実行する勇気など持てないでいた。
「ところで、何だってあたしなんかに、そんな相談するの?」
「なんとなく、おまえ見てっと、・・・・・・昔傷つけた友達のこと、思い出すような気がしてさ」
 へらへらと笑っている腹の内で、人を信用しきれず、孤立している姿。どんな事情があったかなんて詮索するつもりもないけれど、心に深い傷を刻まれているように見える。
 それは、あの遠い秋の日、赤く染まる橋の上で、最後に深く傷つけたきり別れてしまった少女のことを浩人に思い出させた。




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イリサ「読んでくださりありがとうございました!」
2010.08.30 * 小説 yard(更新停止) * CM:0 * * top↑
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