GRASSBLOG あおくさにっき(完)
オリキャラねんどろいどの旅と、フィギュア好き夫婦と双子のわが子の記録
小説 yard(ヤード) 3話の8
「・・・・・・あたしもね、その石は願い事を叶えてくれるって、貰った時に言われたんだ。別に無条件に叶えてくれるってわけじゃなくて、石の喜ぶことをして、大切にしたら、って」
 例えば、太陽や月の光を浴びせることはこの黄色い石の力を満たす栄養みたいなものだと。だからりょう子は、光のよく射す位置にあたる、このペンダントライトにぶら下げていた、と朝美に打ち明ける。
「それで毎日、お願いしていたの。流れ星が消えるまでに3回願い事を言えたら叶う、っていうけど、それと同じような気持ちで。お祈りするみたいな感じで、どうかあたしの願いを叶えてくださいってね」
 りょう子の話す間、朝美は彼女を見ずに石を見上げていた。
「でも、願い事はまだ叶ってない。あたしの、石を大事にっていう気持ちが、願いを叶えてもらうには足りなかったのかもね。そういうことなら、あたしにその石はもう必要ない。だって、願いは代わりに、涼原ちゃんに叶えてもらえばいいもん」
「あたしに?」
「そうだよ。石をあげるから、ひとつだけ、あたしのお願いをきいてほしいの」
 りょう子の願いというのが何だかわからないが、あまり大それたことは出来ないだろう。朝美はそう思うのだが、口にはしない。朝美は、りょう子の黄色い石が欲しかった。それを必要としている少年に渡すため。
 もしりょう子の希望に応えられないのなら、駆け引きが必要になる。余計なことを言うべきではない。切実な心情を吐露しているりょう子に対して、朝美は心乱されることもなく、至って打算的であった。

「とりあえず、聞くだけならいいけど。何なの、あんたの願い事って」
 それはね。一拍、大きく息を吸ってから、りょう子は答えた。
「涼原ちゃん。・・・・・・あたしの親友になってよ」

 朝美は、まっすぐりょう子を見ていた。その言葉が耳から意識下に到達した、まさにそのタイミング。
 りょう子の目は、普段の彼女の天真爛漫な性質にまるでそぐわないかげりを帯びていた。まるで、願いという名の亡霊にとりつかれ、今まさに心身の主導権を奪われでもしたかのように。それもそのはずだが、朝美には知る由もない。りょう子が数年に渡って、ただひたすらに、石に捧げてきた願いが解き放たれようとしているのだ。りょう子に言わせれば、そういうことなのだった。

「それは無理よ」
 そんなりょう子のことを深く考えるでもなく、朝美は言った。精一杯、当たり前のことを言うようにつとめた。
 そのたった一言を理解するまでに、りょう子はたっぷり時間をかけた。受け入れたくなかったというのもあり、変わらぬ朝美の態度にそれが避けられないことを思い知らされる。
 弱々しくかぶりを振る。みるみるうちに目の中に溜まっていく水分は、かろうじて表面張力が働いてこぼれ落ちることはまぬがれた。
「涼原ちゃんも、あたしのこと、嫌いだったの? もしかして、こんなこと言ったから嫌いになった?」
「そうじゃなくて。親友? だの友達だのは、口約束でなるもんじゃないでしょ」

「それでも・・・・・・あたし、欲しかったんだもん。いつでも一緒にいてくれて、同じものを見ていられる・・・・・・他に友達がいても、あたしのことを1番と思ってくれる『親友』が、欲しかったんだもん・・・・・・っ」
 言いながら、ぐずり、鼻をすする音が聞こえた。
「何が親友よ。友達ったって、あんたのことばかり見ていてくれるなんてあるわけないでしょ・・・・・・そんなの、まるで」
 言いかけて、朝美はふいに湧き上がった、吐き気に近い感覚を知った。ある感情ーー自己嫌悪がもたらす、馴染みのある不快感だ。
 まるで、の後に続けようとした言葉。ーーそれはまさしく、過去の自分自身が抱いていた過ち、そのものだ。りょう子の今の思考は、だから自分に、彼女を非難する資格などあるはずもない。
 朝美は次に踏み出す一歩に、一瞬、惑った。

「・・・・・・残念だわ」
 ふいに、沈んだ声で呟く朝美に、りょう子は彼女を振り返った。目尻は涙に濡れているが、瞳に浮かぶのは訝しみだったり、意外なものを見るような表情だった。そんなりょう子の目とあえて目を合わせず、朝美は伏し目がちに、りょう子の部屋のぴかぴかのフローリングに目を落とすーー愛する我が家の、年季の入ったくすんだ木の床とつい比べて、同時に浮かんだのはその家で自分を待つ父と、少年のことだった。
 芝居がかっているにも程がある。朝美は思うが、一斉一大の芝居のつもりで演じ続ける。
「だって、親友はともかくりょう子、あたしのこと友達と思ってなかったんだなって思ってね」
「そ・・・・・・」
 そんなことないよ、と言いたいところだが、朝美が何を言おうとしているのか。いまいちわからなくてりょう子はつい口をつぐんでしまう。
「思い出してもみなさいよ。あたしが教室でどうしてるか。毎日のように、まともに会話があるのなんか、りょう子か栄一くらいのもんでしょう。つまり女子だったらあんただけ」
「う、うん・・・・・・」
「それは、りょう子が毎日飽きもせず、あたしに声をかけてくれてるからでしょ。そうやって当たり前に話が出来たり、こうして家に呼ばれてみたり・・・・・・」
 朝美の言わんとすることにいまいち理解が追いつかないようで、りょう子はしきり、気弱げにうんうんと相づちをうつ。
「これって、とっくに友達ってことじゃないの?」
 りょう子の語った、「一番」と言っても過言ではない。・・・・・・それはりょう子と比較する、身近なクラスメイト達との関係があまりに希薄なための相対的な意味合いでしかないのだけれど。
「少なくとも、あたしがそう思ってることに変わりはないし。りょう子が言いたいことは何となくならわかるけど、それでも、このあたしに、あんたと四六時中べーったり一緒にいろっていうのは無理があるでしょ。そんなあたしの姿、あんた、想像出来る?」

「うん・・・・・・なんだか、涼原ちゃんぽくない、かも」
「そうそう。わざわざ、『らしくない』ことしてまで一緒にいることの何が親友なのよ。そーいう演技やら遠慮やらなく、自然なまんま一緒にいて楽しいから友達っていうんじゃないの?」
 朝美は、今となっては遠く過ぎ去ってしまったような日々を思い返しながらりょう子に語り聞かせた。朝美の思う「友達」という存在は、自分の現在を考慮するならまるで説得力のないものだがーーあの日々、共に過ごした彼は、まさしく友達と呼べる存在だったはずだ。
「あたし・・・・・・ずっと、考えてたの。どうしてあたしには、なかなか、女の子の友達が出来ないのかなって。どうしたら、友達になれるのかなって。もしかしたら、友達が欲しいなら、今のままのあたしじゃダメで・・・・・・みんなが友達と思ってくれるようなあたしにならなきゃいけないんじゃないかって」
「必要ないでしょ、そんなの。・・・・・・あたしは、今のまんまのあんたが嫌いじゃないもの」
「本当? 今のあたしって、どんなところが?」
「そーいうことを臆面もなく言えちゃうところよ」
 自分の素直な気持ちを口に出せる。そこに打算めいたものはまるで感じさせない、自然体。そんなりょう子の性格は、ひねくれ者の自分としては単純に、魅力的な少女だと朝美は思うのだ。

「よくわかんないよ~、涼原ちゃん~」
「てか、言わせないでよこんなこと」
 恥ずかしいじゃない、と言ったらなんとなく負けのような気がして、あえて半端に言葉を切る。ますますわけのわからないりょう子はやきもきしてしまい、ばたばたとせわしなく動作してそれを訴える。
 それでも黙殺する朝美に、やがてりょう子は小さくため息をつく。それはひと遊びしてはしゃいだ後のひと息のようで、安らかだった。
「わかった。さっきのお願いは、もういいよ。涼原ちゃんは、やっぱりーーとっくに、あたしの願いを叶えてくれてたみたいだから」
 りょう子は手を伸ばし、ペンダントライトにぶら下がる、黄色い石を取り外す。うっすらとかぶっているほこりを除けるのに、石を撫でる手つきは優しかった。
「でーも、あたしだって長い間、大事にしてた石なんだから。タダであげちゃうわけにはいかないよっ」
「ちっ・・・・・・ちゃんと覚えてたのね、そこのところ」
 わざとらしく舌打ちしてみせると、りょう子は思った以上に喜んだ。それが朝美の思うつぼとは、おそらく考えていないだろう。
「だからぁ、今夜は、あたしの気が済むまでお話しに付き合ってよね。涼原ちゃん!」
 大切なものを譲り受けるのだから、それくらいなら安いものだ。そう思うのに、どういうわけかもたげてくる、軽く意地悪に振る舞ってやりたくなる気持ち。
「まだ何かあるの。ほらぁ、見てみなさいよこれ。すっかり溶けちゃったじゃない」
 会話の内、朝美の手の中のカップアイスはすっかり液状に戻ってしまっていた。
「うんうん、こういうのが、『涼原ちゃんらしい』ってことだよね~」
 自分で振っておいて、なんだか釈然としない。かと言って必要以上に食い下がるのも億劫なのがまた自分らしくて。朝美はりょう子に悟られぬよう、胸の内だけでこっそり笑うのだった。




次を読む(4話に進む)

前を読む

目次に戻る





箱イリサ
イリサ「読んでくださりありがとうございました!」
2010.08.16 * 小説 yard(更新停止) * CM:0 * * top↑
* テーマ:自作恋愛連載小説 - ジャンル:小説・文学 *
小説 yard(ヤード) 3話の7
 りょう子の部屋は、朝美の想像していたよりは地味な作りをしているように思えた。それでも、天井全体に淡く白い光を浮かび上がらせる、仕組みのわからない照明と、部屋の中央に浮かぶような位置の、小振りなペンダントライトの組み合わせは洒落た演出ではあるのだが。重たい青のカーテンは窓から射すであろう光を一切受け付けようとしない。見ると、両端にレースの白いカーテンが束ねられていて、どうやらりょう子の気分によって選んで使用出来るらしい。りょう子本人が考えたとは考えにくい、粋なはからいであると朝美は皮肉に思う。
 ・・・・・・例えばそういった、部屋の内装を整えたであろう誰かのデザインとは関わりのない、部屋の持ち主であるりょう子自身の個性である彼女の私物が、朝美の想像していたよりはずっとシンプルだったのだ。座るといかにも心地良さそうなふかふかのソファーに隙間なく占拠するぬいぐるみ達はともかく、本棚に並ぶのは漫画よりむしろ小説。雑誌はどちらかといえば大人向けのファッション誌だの文芸誌だの週刊誌だので、女子中学生らしい幼さや華やかさというものが感じにくいラインナップだった。それが彼女の両親の関わった本である、ということに気付くまでには、朝美の思考も研ぎ澄まされていることもなく年相応なのだった。
 招かれたとはいえ、人の部屋に入って本棚の中身をチェックするのも不躾だが、りょう子にそれを嫌がる様子もなく、朝美も他にすることがあるわけでもない。本の背表紙を並ぶ順番に流し読みをするうち、朝美は1冊の本に気が向いた。
「りょう子、この前の理科のテスト、成績良かったって言ってたっけ」
「うん! 得意なんだ。星のことに関してだけはね」
「へぇ。星、好きだったのね」
 基本的に、試験の成績は良い方でないりょう子だが、先日の理科の小テストでは満点に近く、クラスでトップの点数だったと発表された。朝美がそれを思い出したのは、りょう子の本棚の中に星座の本があったから。小テストの内容は星座や宇宙といった、天体に関する問題に限定していたのだ。
「好きっていうかね、この部屋から星がよく見えるんだ。この町って夜は意外と暗いじゃない?」
「ああ、まぁね」
 山奥だの山のふもとの田舎町、と比べたら星空の鮮明さはさすがに劣るだろう。しかしこの町は、大都会ではないとしても都心に遠くなく、住宅が密集しそれなりに人口もある、立派な地方都市である。・・・・・・であったとしても、夜は星が見えやすい程度に空が暗いというのは朝美も覚えがあった。街灯の数が少ないから、夜道を1人で歩こうものならそれなりの恐怖心を覚えるというのもしかり。この木庭町は夜遅くまでにぎわうような繁華街がなく、さらに面積の大部分を川と工場群に占められているから、夜の人工的な光源に乏しいというのは少し考えればわかることだった。
「やっぱり、見えるとなると、星座を探してみたり、あの星の名前はなんていうんだっけ? なんて考えてみたりするのが楽しくって」
 りょう子の言い分を受けて、あらためて見ると、なるほどと思う。白い部屋に似つかわしくない青いカーテンに、ところどころ、複数の白い点がちりばめられ、さらにそれらを黄色い線がつなぎ、いくつもの星座が描かれているのがわかった。

 何はともあれ、買ってきたアイスクリームはさっさと片づけるべきだと、2人はそれぞれにアイスのカップを手に取る。朝美が立ったまま最初のひと口を味わっていると、
「ねえ、涼原ちゃん。ベランダに出て、外を見てみない?」
「これ、食べ終わってからでいいんじゃないの?」
「たぶん、今がちょうどいい時間なんだと思うんだけどな~。それにせっかくの『買い食い』は、外で食べるのが美味しいと思うんだ! ・・・・・・まぁ、本当は、いつもはベランダで何か食べるの禁止って言われてるからしないんだけど」
 それは、りょう子の数ある「あこがれ」の中のひとつだった。
「でも今日は涼原ちゃんがいるから、パパもママも、きっと特別、許してくれると思う・・・・・・」
 あたしがいることの何が特別なのか、と、朝美は釈然としないながら、別に強硬に拒むようなこととも思わないので、りょう子の希望に沿ってやることにした。
「ありがと、涼原ちゃん!」
 くったくないりょう子の笑みを見ていると、彼女が殊更に、人からーーというか、同年代の女子から、か? などと朝美はこっそり首を傾げてーー疎まれるのが、理解出来ない。彼女の、物理的な意味で恵まれている、と思われる環境が、未熟な少女達の僻みを買うのは予想出来る。
 それにしても、だ。こう、人に悪意を抱くことのない素直な性格には、友達付き合いをするなら好ましく、身も蓋もない言い方をすれば誰かしらに需要はあるように思うのだが。そう、まるで人に合わせるつもりのない自分とは違って、と朝美は思う。

 りょう子の部屋から出るベランダは、洗濯物や布団を干す程度の、最小限のスペースでしかなかった。一方、隣接する、リビングから出るらしいベランダは大げさに広く、パラソル付きのテーブルと椅子のセットもあれば簡単なガーデニングの花壇まであって、朝美はもはや呆れの境地に達していた。
 地上30階のベランダに立って眺める景色は、高所恐怖症の気のない朝美にとっても予想外に心細さを覚えさせた。隣の広いベランダなら足下もしっかりしているのだろうが、りょう子の小さなベランダは少々心許ない。地上で感じるより強い風に顔を絶えず叩き付けられるようで、少しでも気を抜いたら、ふらり倒れて地上へ真っ逆様。そんな気弱は想像がらしくもなく、頭をよぎってしまう。
「最近、けっこう日が短くなってきたよねぇ。見て、あっち、もう空が真っ赤だよ」
 はしゃぎがちなりょう子の様子に、朝美には、彼女が何をそんなに楽しんでいるのかよくわからない。りょう子はただ、普段、1人で眺めていたものを朝美と共有しているのが嬉しいだけなのだが。

 10月も半ばを過ぎると、午後4時をまわったばかりの今も、夕日は町の地平へ去る準備を始めているようだ。木庭町を分断する、幅の広い大きな川の真ん中に沈もうとする太陽の赤は、この高見から見ると圧巻である。
 この時間、川沿いに並ぶ工場群はまだ稼働を止めてはいない。長い煙突の上に、朝美が今手にしているカップの中のアイスのような、丸みのある煙が滞っている。実家の家業とそれらの工場では内容こそ違えど、この故郷を象徴する産業であるから、朝美も少しばかり親しみを覚える。
 今日は雲ひとつない秋晴れだったから、薄赤い、見落としそうなほどにささやかグラデーションがかった空はまるでスクリーンのようだった。どういうわけか、作りものめいて空という現実味が感じられなかった。

 と、いうよりも、普段、地上から見上げる空や目に入る景色とは気にもならない、決定的な違いがあった。
 ・・・・・・何もかもが、遠い。町を赤く染める夕日も、自分を含め多くの人が暮らしているはずの、馴染みの町も。ありふれた町なのに、ここにいる自分には決して手の届かない世界であるような。そんな錯覚があった。
 高い場所は神様に近いから、人の世界からさらわれてしまう。そんな「かみかくし」を恐れていた少年がいたという。同級生の湖月雅志からその話を聞いた時は荒唐無稽だと思ったものだが、今ならその気持ちもわかる気がした。
「・・・・・・あたし、中に戻るわ。風が強すぎて、ここでアイス食べようって気にはなんないわよ」
「そう? 残念だなぁ」
 当てつけのように、残っていたアイスを一気に口に入れたりょう子はその冷たさに悶絶し、狭いベランダで危なっかしくふらついている。彼女の両親がベランダでの食事を禁じたのはこうなるのが目に見えていたからなんだろう、と、朝美は察しがついた。
 幸い、りょう子が転落するようなこともなく、安心をため息にして吐き出す。振り返った室内に、本来、朝美が目的にしていたものが目に入った。とっさに、自分の胸元に下げてあった赤い石のネックレスを手に取る。
「あんたの石って、あれ?」
 りょう子の部屋の中央、ペンダントライト。入り口付近からは死角になっていたその位置に、黄色い、ひし形の石がぶら下がっていた。朝美の赤い石より透明度が高く、窓からの光を跳ねて煌めいている。
「そう。そこにあると、きらきらして、お星さまみたいでしょ?」
「その発想はなかったわ・・・・・・」
 ロマンチック、とでもいうのか、自分にはない感性に、朝美は素直に感心した。




次を読む

前を読む

目次に戻る






箱イリサ
イリサ「読んでくださりありがとうございました!」
2010.07.20 * 小説 yard(更新停止) * CM:0 * * top↑
* テーマ:自作恋愛連載小説 - ジャンル:小説・文学 *
小説 yard(ヤード) 3話の6
 年頃の少女のそれとしては、常から冷ややかな表情をしていることが多い朝美だったが、目の前にそびえ立つものを見上げるにあたっては、あっけにとられた顔を隠すことは出来なかった。口を半開きにして目を見開く表情は、さながら目薬をさす時に似ている。
「金ぴかじゃない。こんなとこに人が住むわけ?」
「もちろん、住むよ~。そのために建てたんでしょ?」
 正確には建物全てが金色で作られているわけではなく、マンションの四すみの柱が淡い黄金にきらめく素材を使われているのだ。他の部分の外壁に使われているブラウンにしたって、木造の朝美の家と同じ「茶色」でありながら艶があり高級感というものがまるで異なっている。
 ひい、ふう、みい、と思わず階層の数を数えてしまいそうになったが、どうせ乗るであろうエレベーターの表記を見ればいいだけだと、朝美は指を引っ込める。
「こんな高いとこに住んで、停電とか地震とかでエレベーター動かなくなったらどうすんの?」
「さぁ? あたし、生まれた時からここに住んでるけど、今まで1度もなかったもん」
「14年間、1度も?」
「うん」
 朝美がこの町に住んでいた子供の頃、落雷が原因の停電はあったはずだ。それも日中から夜にかけての大きな停電だった。予備電源とやらでも抱えているのだろうか。
 それにしても、一体どんな仕組みで、あんな高みに水道水を通しているのか・・・・・・などなど、気が抜けたせいか疑問が次々に浮かんでくる。こんなどうでもいいことを考えてどうする、と頭を振って無駄な疑問を払う。しかし、
「あんたん家って、東京タワーの展望台とどっちのが高いかしら」
 最後にぽろりと、反射のようにこぼれ落ちてしまい、朝美は苦笑した。
「さすがにあれより高いってことはないよぉ。だって日本一でしょ? 涼原ちゃん、東京タワーのぼったことあるの?」
「ないわよ。東京なんて、数えるほども行ったことないし」
 朝美になじみのあるタワーは、母の単身赴任先で共に暮らした町にあった。ただ、この町は都心に直通の電車もあるし、東京タワーと言った方が伝わりがいいと思ったまでのことで。
「あたしもないよ。行きたかったんだけどね。ママが、意外とつまらない場所だし行列もあるし、並んでまで行くことないって連れてってくれなかったんだ」
「ふ~ん・・・・・・」
 薄情な母さんだこと、と思ったが、もちろん口にはしない。人の親を嘲笑することだけは、朝美の信条に反する。

 エントランスは、外観を上回る豪奢な装丁が施されていた。写実的、というよりは油絵で荒く描かれたような、抽象的なデザインの花が壁面いっぱいに描かれている。ホールの真ん中に、誰の作品か、生け花が置かれている。
「管理人さんが生け花が好きで、季節ごとに新しく作品を生けて置いてくれるの。あたしも小さい頃教わって、生け花出来るんだよー」
「そりゃすごい。今はやんないの?」
「うん・・・・・・なんかね、一緒に生け花やってる友達もいるわけじゃないから、つまらなくてやめちゃったの」
「うちの学校、華道部ってなかったっけ。それもけっこう大人数の」
「それがねー、たまたま同学年がいないの、ひとりも! 先輩達だけじゃあ友達関係すっかり出来上がっちゃってて、なじめなかったんだー」
 別にそんなことにこだわらなくとも、花が好きなら入るだけ入っておけばいいだろうに、と思うが、元より部活動にかけらほども関心のない自分が言っても説得力がないと認めて、無駄なことは言わずにおく。
 ホールの奥には自動ドアに見えるものが設置されているが、朝美がその前に立っても開かない。そうしている後方、りょう子が壁に埋め込まれた機械をいじっている。学校での、頼りない彼女の様子と、手慣れたように機械を操作している姿が印象として一致しない。
「おまたせ。じゃ、いこっか」
 透明なガラス戸は、コンビニや電車の自動ドアとは違って、まるきり音を立てず静かに左右へ引きずりこまれて消えた。

 インターフォンからの報告で、すでにりょう子の帰りを知っていた家政婦のサイ子は、玄関前に控えて2人を待っていた。
 素材としても、内部に仕込まれた機能にしても、頑強なセキュリティーを誇る扉はりょう子の華奢な腕には重すぎる。りょう子がやっとの体でドアノブを引き、玄関を開けようとしたその隙間を見て取り、即座に手助けしてやるのがサイ子の日課だった。
「おかえりなさい、おりょうちゃん。そちらが、おっしゃっていた?」
「ただいま、おサイさん。こちら、同じクラスの涼原朝美ちゃん」
「お邪魔します。今夜はよろしくお願いします」
 手みやげもなくてすみません、とまで言い出す朝美に、サイ子はむしろ慌てて、そんなにかしこまらないで、と苦笑する。
「ねぇ、パパとママは? 今夜は家にいてくれるって約束してくれたよね」
「それが、旦那さまも奥さまも急な打ち合わせが入ってしまったとかで。お2人とも、涼原さんとお会いするのを楽しみになさっていたのに」
「そっかぁ・・・・・・残念だねぇ」
 りょう子が悲しげな顔を見せたのはほんの一瞬で、俯いて顔を上げたその時にはすでに笑顔だった。
「涼原ちゃん、アイス溶けちゃう! あたしの部屋で食べよー」
「はいはい」
 スリッパを出してくれたサイ子に頭を下げてから、ぱたぱたと、まるで羽ばたくように軽やかに駆けていったりょう子を追う。これはおそらく、我が家ならではのリラックス状態なのだろう。朝美の見る限り、学校では緊張によってどこか張り詰めた様子であるりょう子だけに、新鮮な姿ではある。
 しかし朝美にとってはやはり他人の家であり、気が抜ける、というわけにはいかなかった。しかも祖父の代からある町工場の一角に住んでいる朝美には、りょう子の家はまるで別世界であって。
 フローリングの床は傷一つなく、ワックスでピカピカに磨きあげられている。このマンションの最上階は丸ごと田中家の一室になっており、両親、りょう子、家政婦の控え室がそれぞれ用意された4LDKは一目見渡すのにも苦労する広さがある。
 リビングの中央には、程良い大きさのシャンデリア。その飾りやランプに埃ひとつついていないのを見て、朝美は我が家の天井から下がった蛍光灯のかさにすっかり埃が積もっているのを思い出した。明日、家に帰ったらみんなで掃除をするのもいいかもしれない。居候の家出少年にも手伝わせて。
「涼原ちゃーん?」
 りょう子の心配そうな呼び声に、彼女の目にもわかるまでに自分が思考をとられていたーーまだ来たばかりだというのに、まるでホームシックにでもなったみたいじゃないかーー事実に、朝美は密かに息をつく。
 りょう子が何を企てているのだか知らないが、今夜のようなことは自分にとっても良い機会なのかもしれない。幼い頃から家庭という内に閉じこもりがちだった自分ーー朝美とて、客観的に、今のままでいていいと思っているわけではないのだ。




次を読む

前を読む

目次に戻る





箱イリサ
イリサ「読んでくださりありがとうございました!」
2010.07.05 * 小説 yard(更新停止) * CM:0 * * top↑
* テーマ:自作恋愛連載小説 - ジャンル:小説・文学 *
小説 yard(ヤード) 3話の5
 掃除の終わる頃合いを見計らって、教室へ戻ると、
「涼原ちゃん、お待たせー!」
 いつも以上に馴れ馴れしいりょう子が、朝美に抱きついてくる。
「あーもう、暑苦しいじゃない」
「えー、つれなーい。でも、涼原ちゃんらしい!」
 素直な感情を伝えても、りょう子はくじける素振りもない。
「まぁいいわ。当番終わったんなら、さっさと行きましょ」
「えっ、もう!?」
「もう、って、そりゃそうでしょ。他に何があるっていうの」
「せっかく一緒に帰るんだからー、どっか寄り道していこうよ。あのね、商店街に新しいアイス屋さんが出来たんだよ」
「アイスぅ~?」
 特段、アイスが欲しい気分でもなかったが、さりとて断る理由があるでもない。・・・・・・まぁ、今回はりょう子の世話になるわけだし、彼女の希望に合わせてやるべきかもしれない。渋々だが、朝美は了承した。
「やったぁ、行こ行こー!」
 歓喜の気持ちがおさえられなかったのか、勢いでりょう子は朝美の手を取り、引いて走り出そうとした。さすがに朝美もこれは振り払う。
「だからっ、暑いって言ったでしょうがっ」
 まぁ、これからアイスを食べる上では、暑苦しいのも良い案配かもしれないと頭をよぎるが、りょう子をさらに調子づかせるだけだとわかりきっていたので口には出さなかった。

 りょう子に連れられてたどり着いたアイス屋は、白と水色のツートンカラーの壁紙に、カラフルな水玉が描かれていた。水玉は実際に売られているアイスを模し、全種類を網羅してあってこれがメニューの代わりになっているのだとりょう子が説明する。朝美の想像よりは種類豊富なアイス屋なのだが、彼女はメニューを見る前からバニラアイスを注文すると決めていたのでありがたみは感じなかった。
「いらっしゃいませぇ~、って、お嬢さん、よく会うね」
 アイスのショーケース向こうで、制服らしい青いエプロンをつけた少女は、朝美とすでに2度ほど通りがかりに遭遇したあの少女だった。やわらかくウェーブがかったセミロングの茶髪は、飲食店だからだろう、今回は後ろでひとつに束ねた上で頭をバンダナで覆っている。
「涼原ちゃん、知り合い?」
 無意識だろうが、りょう子は不躾に、少女へ人差し指を向ける。
「あれっ、奇遇ねぇ。あたしもすずはらっていうのよ。鈴原麻子(すずはらあさこ)」
 涼原朝美に、鈴原麻子。文字にすると共通点は少ないが、音で聞くなら確かにひと文字違いである。学校が同じなどの繋がりなく、たまたまに出会った同士なら確かに驚くべき一致であるかもしれない、と、朝美も認める。
「顔見知りってだけよ。あたしは涼原朝美。こっちは同じクラスの田中りょう子」
 はじめにりょう子へ、次に麻子へそれぞれ説明する。
「えーっ、涼原ちゃんそこは『友達の』とか言ってくれてもいいのにー」
「言い方なんか何だっていいでしょ。細かい奴ね」
 自分には理解出来ないような横やりが、わずらわしい朝美だった。

「よーし、お近づきのしるしにアイスひと玉サービスしちゃおうか」
「え、ほんと? ラッキー!」
 飲食店のアルバイトにそういう行為が許されるのだろうか、というのが、喜ぶより先に浮かぶ朝美だったが、
「ちょっと、鈴原さん」
 案の定、店の奥から出てきた経営者らしい若い男が、ちょいちょいと麻子を手招きする。
 今の時間、麻子以外の店員は店に立っていないらしい。開店したばかりのアイス屋で、下校時刻というおあつらえむきな条件で、朝美達を除いて客の姿もない。だからこうして麻子が店の奥へ引き込んでも支障がない。
 ばつの悪そうなにやけ顔で戻ってきた麻子は、
「あはっ、やっぱダメだってー」
「なーんだ、がっかり・・・・・・」
「あなた、そういう不用意な行動が多くて、前の仕事をクビになったんじゃないでしょうね」
「失敬な! そんなことないよーだ」
「じゃ、本屋のアルバイトはどうしたのよ」
 違う、と言いつつ、朝美がたたみかけると、麻子は苦笑いで二の句も告げない。
「やっぱ、クビ?」
「うう、あさみっちの追求が厳しくて、うっかり隠し通せなかったじゃないぃ・・・・・・」
「別に隠すことないじゃない。あたしらなんかまだ働いたことさえないんだから」
 働く意欲があるだけ大したものだし、その年齢に達していないとはいえ就労経験のない自分達に、たとえ麻子が前の仕事で何をやらかしていたとして非難する資格などない。

 お持ち帰りにしてもらったアイスの箱を、りょう子は胸に抱き込むように歩いていく。せっかくのアイスが溶けやしないかと朝美は思い、しかしドライアイスが入っているから何とか持ちこたえるだろうとも思い。そして、そんな格好でりょう子は胸元が冷たくはないのだろうかとぼんやりと思った。
「いい人そうだねー、鈴原さんって」
 まぁ、感じが悪そうではないことは確かだと、朝美も同意する。
「アルバイトしてるってことは高校生だよね。やっぱり木庭高校なのかなぁ。すごいよね~」
 木庭町にある高校は、朝美達がエスカレーター式で進学する城参海大学付属高校と、進学校として誉れ高い県立木庭高校だ。少なくとも校内で麻子を見かけたことがないから、と、りょう子は単純に木庭高校の名前を出したのだろうが、麻子がこの町に住んでいて電車で通学しているなら、在籍校が木庭町に限られるわけではない。
「ちなみにー、うちの学校は高校に上がってもアルバイト禁止だからね?」
「知ってるわよ、それくらい。残念・・・・・・ていうか、間抜けな話だとは思うけどね。何だって、せっかく就労の機会とか経験とか、わざわざ制限する必要があるのかしら」
 高校生にもなれば、何か買いたいものがあるという時、いちいち親に資金をせびらず自分で稼いだお金を使おうというのだまともな精神ではないかと朝美は思うのだが。
「それはさ、もしかしたら――働くのは大人になってから嫌でもしないといけない、いくらでも出来るから――子供の内は子供らしく、遊んで、毎日楽しく過ごした方がいいってことかもよ?」
 りょう子が、こんな風に自分の意見を述べるのは珍しいことで、朝美はついまじまじと彼女の顔をうかがってしまう。そこには控えめながら、確かな自信が見て取れた――信念に基づいた発言なのだろう。
「わからなくはないけど、それも余計なお節介でしょ・・・・・・そんなの当人の性格次第なんだから」
 お子さまだから、遊んでいたい。お子さまだけど、お金を稼いで自分の好きなようにしたい。そのどちらを望むかは
「あたしは、大人が考えて決めた校則なら、どっかにちゃんと意味があると思うなー・・・・・・・あたしのパパ、ママがね、よく言うんだよ。子供の頃にしか出来なかったこと、しちゃいけなかったこと。大人になってからどれだけ後悔するかっていうのは、あたし達には絶対わからないって」
「・・・・・・・後悔、ね」
 過ぎ去ってしまった日々への後悔は、朝美にも覚えがあった。それにも関わらず、今の自分は、ただ惰性のままに暮らしている。楽しみにしている物事もなく、必要な家事だの学業だのを無難にこなし、唯一「自分」という存在を意識出来るのは、自宅の縁側に腰を下ろし、夕暮れに赤く染まる庭をただ眺めているあの時だけ。
 失ってしまったのは幼い日々だけではない。その時の中に、朝美は心を捨ててきてしまったのだ、と思った。だから今の自分は空っぽで、流れゆく毎日に何も感じることが出来ないのだ、とも。




次を読む

前を読む

目次に戻る





箱イリサ
イリサ「読んでくださりありがとうございました!」
2010.06.28 * 小説 yard(更新停止) * CM:0 * * top↑
* テーマ:自作恋愛連載小説 - ジャンル:小説・文学 *
小説 yard(ヤード) 3話の4
 学校帰りにりょう子の家に直行し、今夜は彼女の家に泊まる。その約束はあっても、本日、りょう子はたまたま掃除当番だったため、朝美は時間潰しに屋上へ向かっていた。
 別段、りょう子のことが嫌いなわけではないのだが、他人の家に泊まるということがなんとなく、朝美に心身共に気だるさを覚えせている。特に、背中に重たいものを負っているような感覚を、歩きながら両腕を突き上げ、伸びをして晴らすことにした。
 朝美は屋上の鍵を持っていないため、先客――屋上に引きこもりがちな、教室不登校生徒の湖月雅志がいなければ、そこへ入ることが出来ない。それならそれで、雅志が教室にいるというなら望ましいことで、朝美は構わないと思っていた。
 そんな期待には反し、予想通りに、屋上の鍵は開放されていた。
「あ、涼原さん。久しぶり」
「久しぶりったって、たかだか1週間でしょうに」
 屋上のフェンス際の段差に腰を下ろし、持ち込んだ書物に目を通すという、お定まりのポーズ。朝美に気が付くと、何事もなかったように顔を上げて本を閉じる。つくづくマイペースな奴だと朝美は思う・・・・・・他人に合わせるくらいなら、と1人で過ごすことの多かった自分が、人のことは言えないとも思いつつ。
 雅志が屋上にいる理由を知ってしまったことで、朝美はそれまで足繁く通っていた屋上へ顔を出すことがなんとなくためらわれ、今週は今まで1度も、ここを訪れなかった。
「で、どうしたの? またここへ来るってことは、何かあったとか」
 朝美がそうした理由を雅志も察していたのか、悪戯っぽい笑みを浮かべて問うてみせる。
「べっつに、待ち合わせまで時間があったから、暇つぶし」
 思えばこの学校に転校してきてから、教室以外で、朝美がくつろいだ心地になれるのはこの屋上くらいだった。雅志とは――お互い、自分の居場所にこもって、人から距離を置いているという共通点もあって――波長が合うし、彼を除き人気のないこの場所は学校の喧噪から隔絶されているようで落ち着くのだ。
 まるで、学校という場所から切り離されて宙に浮いている、空の中の小さな庭のように思えた。
「それと、あたしの知り合いにも、高い所がダメだって奴がいたんでさ・・・・・・」
 少年からそう話された時、朝美は何故かここへ来たくなった。自分も高所に立って眺めを見て、少年が恐れるのは何か、少しでも理解したいと思った。
 わざわざ学校の屋上に上がらずとも、今夜はここより数倍の高みにある、田中りょう子の家がある高層マンションを訪れるのだ。それでも屋上からの眺めを見たかったのは、そうした朝美の行動と同じことを、雅志はずっとしてきたというから。

 朝美の担っていた家事の手伝いを、少年に頼むことにした、最初の夕暮れのことだった。
 学校帰りに夕食の買い出しをし――少年をそれに付き合わせ、荷物の半分を彼に任せた――家へ戻る。いざ夕食の準備、と取りかかる前に、庭に面した縁側に腰を下ろし、赤く染まった庭を眺めるのが朝美の日課だ。
「ところで、あんた、そんなところに突っ立って何してんの?」
 少年は廊下の角、陽の射し込まない暗がりに所在なげに立ち尽くし、どこか気まずいように朝美の様子をうかがっていた。
「あんたも1日、町中うろついたり買い物付き合ったりして疲れてるんでしょ? どっか座って休んだら?」
 どこか、とは言っても、少年は涼原の家に一切のゆかりもない居候であり、くつろごうにもどこへ居所を見つけたらいいのかわからないのも無理はない。
「しょうがないわね・・・・・・ほら、おいで」
 左腕を肩の高さに上げ投げやりな調子で手招きをする。とてとて、小さな体がこれまた小さな歩幅で近寄り、朝美の隣へ腰を落ち着ける。
「おれ、ここにいてもいいの?」
「どうして?」
「だって、ここは君の場所でしょ?」
 以前も・・・・・・この家に来た当初から、少年は同じことを言っていた。1人きり、誰もいない庭を眺めるのは朝美の休息の時間であり、彼女の居場所だと。
 確かに、朝美もそう思っていたのだが、今はそうした気遣いに反発してしまいたい自分がいた。
「あんなところで物欲しげに見られてたら、かえって落ち着かないし。・・・・・・別に、いやじゃないからいいわ」
 朝美はいつからか、父親以外の他人に素直な気持ちを告げることに気恥ずかしさを覚えるようになってしまった。そんな自分をおかしいと思いつつ、そうした場面ではつい、本音の部分を薄めるための言い繕いを付け足してしまうのが癖になっている。
「あんたにその気があるならってことよ。ここじゃなくたって、居間でテレビ見ながらぐうたらしてたって構わないんだから」
「・・・・・・うん」
 気後れするような目で朝美を見つめていた目を、ふいにおぼろげにして、少年は目を反らした。朝美がいつもそうしていたように、赤い庭へ目をやって、
「それなら、ここにいる」
 ぽつり、呟いた。目の前を見ているようで、どこも見ていない・・・・・・意識に映していない目。
 それはきっと、いつも自分がしていたのと同じ目なのだろう、と、思う。すると、得体の知れない、嬉しさのようなものが込み上げてくるような気がして、朝美は言葉が出なかった。
 少年も話をしなかったから、2人は、朝美の気が済むまでそこにいて、黙り込んだまま時を過ごした。それに気まずさを覚えることもない、安らかな時間だった。

 あんな風に、自分の居場所に誰かを入れて、気持ちを共有することが出来たなら、それはとても心地よいものだと思う。もし、雅志にもそう思える相手がいればーー望むものがありながら、それに近づくことにさえおそれを抱き、空に囲われたこの場所に閉じこもるようなことはしなくて済むだろうが。もちろん、どれだけネガティブな理由だとしても、ここが雅志の場所である以上、それを取り上げるつもりは朝美にはないのだが。
 ただ、先日のように、家に帰ることもしないで、空の中で夜を明かすというのはさすがに心配しないわけのもいかない。
「ちょっと聞きたいんだけど、雅志、去年、田中りょう子と同じクラスだったのよね。どんな感じだったか覚えてる?」
 これ以上考えていると、言いたくないお節介を口に出してしまいそうで、朝美は適当な話題を振った。
「どんな、って言っても、今と変わらないと思うよ。う~ん・・・・・・女の子のすることって、僕にはよくわからないね」
 言い回しはややこしいが、女の子、というのがりょう子本人を示唆しているのではないというのはわかる表現だった。「今と同じ」・・・・・・クラスメイトの、男子生徒とは普通に話せるが、女生徒からは徹底的に省かれている。
「人なつこいし、明るいし、おまけに顔もかわいいし? 男連中からしょっちゅう告白されて、それもぜーんぶ断ってたって。それが余計に女の子達からヒンシュク買ったみたいだけど」
「まぁ、その手の輩は逆に告白されて承諾し続けたっていじめる時はいじめるんだから、どうにもならないんじゃない?」
 朝美のように、孤立することが苦ににならない性格ならまだしも、りょう子はその真逆もいいところだから、さすがに朝美も彼女を不憫に思う。
 ただ、どうやら彼女が女子から嫌われるのは今に始まったことではなく、朝美の知るずっと前からそうだったのだし、そうなるにはりょう子が人にそうさせる、根深い何かがある予感は出会って日の浅い朝美にもわかる。
 いずれにしろ、雅志の言うとおり、朝美にも「女の子」達のやり口は陰湿で、理解は出来ないしするつもりもなかった。

「涼原さん、それ」
「え?」
 おそらく自分の感情というものを、当たり障りのない「外面」で覆い隠しまくっているであろう雅志が、頓狂な声を上げるのは実に珍しい。何事かと思ったら、彼が「それ」というのは、
「これ?」
 朝美が首から下げていた、ひし形の赤い石だった。
「申請したんだ。お守り?」
 学校側に使用許可の申請をするような手間をかけてまで、おしゃれをするようなタイプには見えないのだろう、自分は。などと心中で自虐する。
「これと同じような石を探してるんだけど、あんた知らない?」
「――昔、知り合いが青いのを持ってたけど、もう繋がりのない人だから」
「友達? どこの学校とかもわからない?」
「今、この町にいるかどうかも・・・・・・」
 いつも以上に仮面じみた笑みを張り付けて、雅志は呟いた。
「お役に立てなくて、ごめんね」




次を読む

前を読む

目次に戻る





箱イリサ
イリサ「読んでくださりありがとうございました!」
2010.06.21 * 小説 yard(更新停止) * CM:0 * * top↑
* テーマ:自作恋愛連載小説 - ジャンル:小説・文学 *
       
≪ BACK .HOME. NEXT ≫
お知らせ

*当ブログの更新及びweb拍手への返信は終了します。ありがとうございました *

プロフィール

Author:sohko3(そうこ)
(みくさん=旦那
兄ちゃん=双子♂
妹ちゃん=双子♀)
(イリサ=このブログの看板娘)
(ねんどろいど=
好き、買い、遊ぶ)
ニコバンとび森プレイ中

超リンクフリー(参考)。
はじめましての方向けのサイト概要は→こちら。

投稿小説
「魔物の森の涙さん」
「GRASSBLUE青草日記」




佐倉杏子 ドット絵
好きです、佐倉杏子
ドット絵 みずのうたげ様

チョー友

日本やぁチョーの会

Lc.ツリーカテゴリー

追っかけ動画

たまにはフィギアでもつくろうZE☆ / 初音ミク_FK / 牧場物語 / ハルヒ戸惑い / 牧物2 / 東方星母録

誕生日

我が家の双子
script*KT*

カレンダー(月別)

08 ≪│2023/09│≫ 10
日 月 火 水 木 金 土
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

ブログ内検索


全記事(数)表示

全タイトルを表示

photo by *05 free photo
Template by icene

RSS // Admin
Powered by FC2ブログ