GRASSBLOG あおくさにっき(完)
オリキャラねんどろいどの旅と、フィギュア好き夫婦と双子のわが子の記録
雨臣さんのイラスト GrassBlue コウ&イリサ
雨臣さん作 グラスブルー

 雨臣さんのホームページ・畳音盤屋にて募集されていた、リクエストイラストにオリジナルキャラクターを応募したところ、素敵なイラストを描いてくださいました! お願いしたのは小説「青草日記(短編版)」の無気力旅人コンビ、コウ君&イリサさんです。

 雨臣さんのイラストを知ったきっかけがすぴばるで、おじさんイラストが魅力的(かつ、郷愁を感じる背景を含むイラストに一目ぼれしました)だったので男性キャラクターのコウ君を希望したのですが、何と小説を読んでくださった上で相棒のイリサも一緒に描いてくださいました。背中合わせの2人の表情、ひとつになれそうでなれない2人の寂しい感じが表現されていて、そして自分にはとても描けないきれいな色遣いにしんみり涙が出てきそうにうれしいです。

 雨臣さま、ありがとうございました!

余談
 雨臣さんのイラストのおかげで、早く2人の話の続きを書きたくてうずうずしてきたという……。今書いてるもの終わるまで我慢するつもりなんだけどむらむら……。





箱イリサ
イリサ「読んでくださりありがとうございました!」
2010.10.24 * 小説 青草日記(不定期) * CM:0 * * top↑
小説 「GRASSBLUE」 目次
ここは小説「グラスブルー」のもくじ

 毎週月曜日に更新する、短編連作小説。とりあえず短くまとめたい予定。

あらすじ
今は亡き神々の力の封じられた聖地、グラスブルーを巡り争いの絶えない世界。グラスブルーにたどり着いた少年、コウ・ハセザワは、そこで拾った少女イリサを影に宿し、なりゆきで共に旅をすることになる。マイペースにも程がある2人の鈍行すぎる旅日記、とりあえず全6話暫定完結。


本日、「青草日記 エンディング」を追加しました。


青草日記 1 2 3 4 5 6前 6後 エンディング


本家サイトに保管庫を作りました。ブログで読みたくないという方はこちらへどうぞ。ブログで各話が完結したらサイトに追加します。







箱イリサ
イリサ「読んでくださりありがとうございました!」
2010.02.08 * 小説 青草日記(不定期) * CM:0 * * top↑
* テーマ:自作小説(ファンタジー) - ジャンル:小説・文学 *
GRASSBLUE 青草日記 エンディング
GRASSBLUE 青草日記(グラスブルー あおくさにっき)

影の擬人化を試みる物語 エンディング





箱イリサ
イリサ「読んでくださりありがとうございました!」

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 ねんねこしゃっしゃりま~せ~・・・・・・。
 生まれて数日の赤ん坊を抱いたまま、ゆりかご代わりに上体を揺らし、彼女は不思議な言葉を呟いている。だから彼は、「それは何?」と問いかけた。
「ご存じありませんか? 子守歌ですよ」
 知らないか、と言われれば知らない、としか答えようがない。何故なら彼とその弟には母親などいなかったから。それに思い至った彼女は、わ、と反射の言葉を出した後、ごめんなさい、と頭を下げた。いや、その程度で頭を下げることはないよと彼は笑う。
「私にも母はおりませんが、養父がよく歌ってくれました。けれど、ソウジュ様達のお父上はそういった性格ではありませんよね」
 彼が実の父から教わったことはといえば、戦うことばかりだった。それはこの世界において特別な定めの下に生まれた弟、ツバサを、権力欲にまみれた連中に言いように扱われないために必要な強さ。その割に、彼自身の性格はといえば控えめで穏やかで、およそ戦いには向いているようには見えないが。実際、彼はツバサを悪意から守るため、その一点においてのみ、どんなにも非情に振る舞うことが出来た。
「それよりですね、実は私、先日、子供達のお名前をこっそり教えてもらっちゃったんですよ。ごめんなさい、ソウジュ様や、子供達のお母さんをさしおいて」
「いや。僕達の帰りを待っていたらいつになるかわかったもんじゃないし」
 それに・・・・・・続けようとして、彼は口を噤んだ。彼女はまだ、知らない。たった今、自身が抱いているその子の、共に生まれた双子の弟。母親は、弟だけを連れて行方を絶った。あの子供は、終末を司る神を象徴する、赤い髪を持って生まれたのだ。世界を終わらせる、災いの芽を踏みつぶそうという世の中の動きは、生まれたばかりの赤ん坊と比較してとても小さいものとはいえなかった。

 腕の中の子供の影で、ひとつの悲劇が起こってしまったことを知らない彼女は、ふふふ~、と上機嫌でふくみ笑いをする。
「それで、ツバサ様ったら、この子になんて名前をつけたんだと思います?」
「・・・・・・当てようがないじゃないか、そんなの」
 生真面目な性格ゆえ、ひとしきり考えた後にそれが無茶振りであると思い至り、拗ねた表情を見せる。彼が父と弟以外、こうして心を許せるのは彼女だけだ。
 彼女は赤子を腕に抱いたまま身を屈め、何の抵抗もなく彼の耳元へ口を寄せ、その名前を囁いた。小さな驚きに彼が目を見開いたのは、彼女の意図に違わなかった。実に満足げに笑いながら、彼女はしゃんと背筋を伸ばして話を続けた。
「弟君の名前は碧と書いて、あおちゃん。この子もあおちゃんも、おんなじきれいなあおい目をしていますからね。お兄ちゃんの名前はソウジュ様から、弟君の名前はお兄ちゃんから、それぞれもじってつけられたんですよ。みんなとの繋がりが感じられる、とっても素敵な名前だと思いませんか?」
 ふと、たった今まで上機嫌にしていた彼女は表情を暗くする。
「それはですね、ツバサ様、断言はされませんでしたけど・・・・・・きっと、せっかく子供が2人生まれてくれたのだから、この子をソウジュ様の子と喩えてくださったんじゃないでしょうか」
 彼と彼女は愛し合っているが、子供を残すことは出来ない。ツバサはそれを知っていた。

「サクラ。今の内だから、君に頼んでおきたいことがあるんだ」
「何でしょう?」
「僕やツバサにもしものことがあったら、その時は・・・・・・君はその後、子供達を守ることだけを考えて行動して欲しい」
 それは何の根拠もない、しかし、どういうわけか彼は感じていたのかもしれない。これから少し先の時間に、我が身に降りかかる運命を。
 普段から生真面目な性格ではあるけれど、そんな常以上に神妙な彼の態度に、彼女もまた真剣に考えた上で結論を出す。
「わかりました、ソウジュ様。あなたにもしものことがあったなら、その時は、このサクラはソウジュ様に添い遂げます」
「サクラ、それは」
「その代わり」
 意に添わぬ彼女の決意をいさめようとした言葉を、彼女は強引に遮った。彼女に、彼に背く感情など少しもないことは、話の最後まで聞けばわかることだから。
「新しい私は、残された時間の全て、この子を・・・・・・子供達を守ることだけを考えて、生きてゆきます。ツバサ様やソウジュ様の形見と思って。私達の欲しくてたまらなかった、幸せな未来のかたちと思って」
 それで、いいんですよね? 彼女は少し寂しそうに、しかし強い決意でもって彼に笑みを返す。
 それは、彼の愛した彼女らしさが端的に表れていた。依存しすぎるでなく、お互いにとって最適な距離でもって、彼を思い愛してくれる彼女の心の強さが。

 すっかり色褪せ、くたびれた本をさらに傷めてしまうことのないよう、ソウ・ハセザワはそっとそのノートを閉じた。ちょうど他の客が会計を終え、店内に彼以外の姿がないことから、店主はその行動に目ざとく反応する。
「どうでした? お客さん」
 軽い口調の割に、渋い表情と口ひげでもって、あまり愛想のあるとはいえない中年男がこの店の主だ。ソウ兄は食事など、来店は人の出入りの少ない時間をねらいうちする習慣がある――この時間は他の従業員を休ませて、店主が1人、来客の相手を務めるのだ――決して人間好きとは言えない気性だから、とはいえいささか徹底しすぎではあるが。
「どうした、も何も、赤の他人の日記なんか何のために」
「赤の他人なんかじゃねぇですよ・・・・・・まー、オレからすりゃ他人なんですけどねー。この店を始めたオレの親父にとっちゃ違うらしいんですわ。今になってみると、あの人がいなけりゃ店を軌道に乗せるんは無理があったっていうか」
 それは、コウ・ハセザワの日記を読めば理解は出来る。店の内容に対して、従業員が2人きりというのは無謀の域である。
「・・・・・・気持ちを伝えたいのなら、こんな回りくどいことをしなくても、直接言えばよさそうなものだけど」
 ぼやきながら、しかしそれが叶わないことを彼は自覚している。かつて彼らと再会した際、ソウ兄は徹底して心を閉じ、コウやイリサの言葉を受け入れようとはしなかった。・・・・・・あわよくば、それで彼らが自分を追うことを諦めてくれればと、それだけを願っていた。
「こんなことをしても届きやしないだろうに。薄情な人間のことなんか忘れて、自分のことだけ考えて生きればいいのに」
 とは言ったものの、ソウ兄だって、コウとイリサが彼への思いを一心にこめて綴った手記なんてものを見せられて、心動かないわけがなかった。動揺を自覚しないようにと内心で必死になっている様は、言っちゃ悪いが滑稽ではある。

「まー、認めますけどね。人生、諦めが肝心だっちゅうことは。適度に見切りをつけないと、限られた時間、報われないことで浪費する羽目になっちまう。実際、親父がここで店を始めたのもそう思うことがあったからって聞いてます」
 店主はソウ兄と同じ席に着いて、目の前で食後の紅茶をいれて披露する。コウが、シェルに日記を託してすでに40年は経過した。その日記はまた、シェルの後継者である今の店主にも受け渡されたのだが、この不思議な日記を訪れる客の目に触れさせ、それについてこうして思索を語り合いつつ紅茶を飲むのが、店主のささやかな楽しみになっていた。
「でもね、家族のことなんかそうそう見限れるもんじゃありませんよ。他に代わりなんかないでしょう?」
「・・・・・・家族、か」
 閉じた心の真ん中で、彼は、胸の痛むのを感じた。それは彼にとって、唯一、この世界で信じられる言葉だったから。コウが彼を追い続ける理由なんて単純なものだ。・・・・・・ただ、父親によく似た、不器用に一本気を貫く。そういう性格というだけの話。

 もはや気の遠くなりそうな、遙かな過去のあの場面が思い出されたのは、ノートの背表紙に書かれたイリサからのメッセージによるのだろう。そう思いながらソウは、もう1度、ノートを開き彼女の言葉を目でたどる。
『いつかあの子が、あの子自身の、本当の名前を思い出してくれたらいいのに。
それは、本当のお父さんが一生懸命に考えてくれた、大切な大切な名前なのですから』

 ――思い出す必要なんかない。もし、本当の名前を思い出してしまったら、その瞬間、今もこうして生きているであろうあの子の人生は闇に閉ざされる。 
 奇遇、というか稀少なことに、俺とソウ兄の意見は一致していた。本当の名前を思い出すということは、自分がコウ・ハセザワではないのだと知ることになるのだ。コウとして生きてきた日々、家族、出会った人々。それらの積み重ねとのつながりを絶たれるようなものだ。

 コウ・ハセザワの日記に添えられる、彼の影に宿り、彼の旅に寄り添うイリサの写真。艶のある紙っぺらの中に閉じ込められた彼女の表情は生き生きとしている。幼い少女のように活力に溢れたもの、慈愛に満ちたもの。それらのどれにも共通して、満面に幸福をこぼれだしそうな笑みを浮かべている。
 変わらないな、彼女は。かつて愛した女性が、あの日々と変わらぬ心持ちで幸せの中にいる。その事実は、自身の幸せというものを戒めてきたソウ兄にとって、唯一享受出来る幸福感だった。

 だからこそ、俺は。コウ・ハセザワの――あの体を使って生きるのは、あいつであるべきだと思う。あいつは俺なんかよりよっぽど、人間を愛している。俺と違って、あいつを愛している人間もいるし、その思いに報いる誠実さを持っている。その目を未来に向けることが出来る。
 イリサだって、ソウ兄を救うという目的を同じくする――それ以前に、彼女にとって、彼女の愛した人々にとって、あいつの存在それ自体が希望と絆の徴なのだが――あいつと一緒にいる方が、どんなにか心が癒されることだろう。

 いつまでも青く、変わらない草原。きれいなだけのまやかしに、赤く色付く日暮れを落とし、宵闇の終わりを目指す旅は、まだまだ終わりそうにない。




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GRASSBLUE 青草日記 6(後)
GRASSBLUE 青草日記(グラスブルー あおくさにっき)

影の擬人化を試みる物語 その6 (前)






箱イリサ
イリサ「読んでくださりありがとうございました!」

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 ――目覚めた時、私は1人、青い草原の真ん中にいました。
 空も青く、見渡す限りの青、青、青。それ以外に何もないその場所は、グラスブルーと呼ばれます。かつてこの世界を作り、守っていた神々の眠る、安らかなゆりかご。

 見上げた空には、時折、天翔る竜の姿が目に入ります。神竜族の配下、今はほとんど絶えてしまった、竜族です。グラスブルーは全ての時間と繋がっている場所ですから、神話時代の風景が掠めることもあるのです。
 草原には風が吹いていました。それは、時と時の隙間から吹き込む風。ときにそよと優しく、ときに青く静寂な草原には強すぎて、乱暴なくらいにかき撫でます。
 どこを見ても青い草原は、荘厳でした。きっとその場所を初めて見た人には、なんて美しいのだろう、そう思われるでしょう。
 やがて、空が赤く染まり始めました。青い草原と、それを覆わんとする赤とのコントラストに、どうしてか、どうしようもなくほっとしました。その赤は、懐かしい色でした。私がここに来る前に、海に根付いた大地の上に立ち、大切な人達と共に見た夕日の色と同じでした。
 やがて、空に薄く藍の墨が広がってゆきます。やがてそれは闇となり、空には点々と光が顔を見せ始めます。それらの光は、やがて闇をぼかし、まばゆいほどの星空になりました。
 グラスブルーには無限の時間がありましたから、私は手慰みにその星の数を数えました。ひい、ふう、みい・・・・・・恥ずかしながら、すぐに飽きてしまいました。永遠のように区切りも際限もない時間、地面にお尻をつけて座っているのさえ疲れを覚え、ついに仰向けに寝ころんでしまいました。
 見上げた空は、幻のように一瞬にして白く塗り変えられました。それはグラスブルーが本当の世界ではなく、私の夢を映している鏡に過ぎないのだという証でした。
 青い空がどんなにか美しくても、いつまでも同じ青を見ていてはいつか飽きてしまうのです。私は見飽きた青空に見切りをつけて、いつか愛する人と見た夕焼け空を見たいと思いました。今度は、あの日のようにあの人が側にいないことを寂しく思い、数多の星の下で孤独をまぎらわせようと思いました。だけれども、誰かと一緒ならいつまでだって星を数えていられそうなのに、1人ぼっちだとやっぱりつまらないのです。
 ついには何もかもあきらめて、考えることを放棄したなら、青い草原の上には真っ白の空があらわれました。それは曇り空ではなく、何も映し描かれない、白いスクリーンのようでした。

 グラスブルーとは、時の流れから隔絶され、自らの望む夢を永遠に見続けていられる、神々のゆりかご。だからそこへたどり着いた人は、その時から老いることなく、いつまでも青く清らかでいられるでしょう。
 それはまるで、誰もが失いたくなかった、幼き日々の中にずっといられるかのように。

 みなさまでしたら、どう思われますか。そこにいれば、今みなさまのいるこの世界と違って、心にも体にも傷を受けることはありません。望むならどんな「夢」だって見ることが出来ます。その代わり、そこで見られるものはしょせん幻であって、現実に何ひとつ得ることはないのです。

 私は、途方に暮れていました。夢の世界に心底から疲れきって、青い草原のただ中に体を埋めて眠ってしまおうと考え始めた、その時。
 「彼」は私の手を引いて立ち上がらせて、グラスブルーから連れ出してくれたのです。

 だから、先ほどの問いかけの答えはもう、わかっているのです。「彼」とは、みなさま1人1人のことなのですから。
 たとえ幻でも、傷を受けるのがこわくてグラスブルーに残る選択をする人ももちろんいます。けれどみなさまはその安寧と無をよしとせず、影を連れてグラスブルーを飛び出し、この世界で生きていくことを決めたのです。
 だからこそ――神話時代の終わりから、この世界で繰り返されてきた人と人との戦いは、必然であることも否定は出来ないのです。みなさまは、個として確固たる意志を持ち、神々のゆりかごを飛び出してきた人達なのです。強い意志を持っていたからこそ、この世界に生まれてきたのです。
 この世界に生きる数多の人々、それぞれの意志と意志とがぶつかりあうことを誰が止められるでしょう。その強い気持ちを妥協させることを誰が受け入れられるでしょう。そしてそれを愚かと切り捨てる権利が、誰にあるというのでしょう。

 今も、グラスブルーに眠る神の力を巡り、人は争い続けています。世界は常に荒れ狂う激動の中にあって、休まる時を知りません。それは悲しいことだけれど、誰にも止めることは出来ません。
 みなさまも、心を痛めたり、疲れ果て倒れてしまいそうになる時がきっとあると思います。

 そんな時は、どうか、みなさまの足下の影をご覧になってください。 ・・・・・・そう、「私」とは、みなさまひとりひとりの「影」なのです。
 影は何も語れません。みなさまにとって何の力にもなれないかもしれません。けれど、私達はいつでもみなさまの側にいます。みなさまが楽しい時には共に笑い、悲しむ時は共に泣きます。そしてみなさまの心の弱い時、いえ、いつだって、あなたを励ましたいと思っているのです。

 そして、私達、「影」はみなさまとこの世界――みなさまの生きるこの大地とを繋ぎ、みなさまが世界の一部であり、認められているのだということを証明出来るのです。たとえ人間がどんなに弱く愚かだとしても、世界は、その存在を否定したりはしないのだということを――

 ――1人ぼっちで佇むのが精一杯の、小さな舞台。その上で彼女の語る最中、この舞台のオーナーである店主、シェルは、打ち合わせ通り、光の演出でもってイリサの語りを彩った。
 天上に仕掛けたランプの下に各色、透明のフィルターを差し込み、場面によって色を差し替えるのだ。冒頭の挨拶ではオーソドックスに、フィルターを通さず自然のままのランプの光源を落とした。
 グラスブルーのことを話す段取りでは、青い光で店内を満たした。それが幻でしかない、白いスクリーンのようだと表現した下りからは、対象を彼女に絞って白い光を射す。この白い光というのがくせ者で、フィルターでは表現出来なかったものだから、研究機関より未だ開発途中の蛍光ランプをわざわざ仕入れなければならなかった。シェルのここまでの凝りようにはどこに原動力があるのやら。
 赤い夕暮れはもちろん赤い光で表現する。彼女にとってその光景は、人々の生きる地上、時間の動き、人の意志の流れに満たされた世界の象徴だ。
 そして、人の過ちと、過ちと知りながらそれを否定のしようがない、世の中の理・・・・・・それは自然のあるがままの姿、本来あるべき色として、緑色の大草原をイメージして表現した。
 どんなに美しくても、草が青いなんて健全ではない。たとえ人の心が身勝手で、その欲望がままに世界を荒そうとしたって、それが自然な姿なのだと。
 イリサだって、俺だって、グラスブルーに権力欲を向けて踏みにじる人間共を愛するわけではない。いくら離れたとはいえそこな彼女にとって大切な故郷であるし、 俺にとっては単純にわずらわしいのだ。自身を含めて、人間という種の愚かしさが。
 それでも、イリサも俺も、自らの願いに従って生きているという点で、人間と同じようなものだ。人間が救いようのない争いを起こしたところで、それを咎める資格など持ち得ない、それは自身の夢を否定することになるのだから。

 演出は光だけではない。イリサの魔力と、彼女が宿る影の持ち主であるコウ・ハセザワの能力とを掛け合わせて、2人はこの場にいる全ての人間に「夢」を見せていた。それはイリサーー海を司る神、母神竜マザー=クレアとして彼女が見てきた、海の底の景色。同時、波打ち際のさざめきと、遙かな洋上を吹き抜ける風の音を流し同居させる。
 摩訶不思議な、夢心地の体感。だからこそ、夜の酒場、私語を禁止しているわけではないというのに、観客達は静かだった。各々の耳元に直に送り込まれるような、イリサの言葉に集中していた。

 小さな舞台の締めが迫っている。シェルは天井裏で、舞台用の照明から通常の照明に切り替える。コウとイリサもまた、つかの間の幻想に終止符をうつ。
 今はこの体の主導はイリサにある。その間、コウの意識もまたまどろんでいた。それは思い出されることのない、温もりの記憶。実体のないはずの彼女に抱きしめられ、その腕の中で眠った、遙か遠い日々のこと。

 おぼろな感覚から覚醒した人々は、一様にきょとりとした目で、舞台の上の語り部を見やる。
 イリサは、コウ・ハセザワの顔に笑みを浮かべる。それはやはり、彼女自身の充足感をあらわしたもので、正直コウの姿にはあまり似合っていなかったりする。
「あなたが孤独である時、見下ろした先のあなたの影が、あなたと一緒に泣いたり笑ったりしている。そう思うことが出来るなら、寂しさなんて吹き飛ばしてしまえると、そう思いませんか? どんな時も、あなたは1人ぼっちではないのですから」

 ショーの内容がどちらかといえば真面目なので、拍手喝采とはいかなかった。しかし観客達は1人とも残らず、全員が、ぼんやりとした拍手を返してくれた。それは彼女の語りに聞き惚れ、そしてこの店の3人が一丸となって作り上げた演出に見惚れてもらえたという、ささやかな証だった。

 ショーが終わっても店は終わらない。今度はまたメニューの注文が入って、それを各テーブルに運ぶと気さくに声をかけられる。
「案外おもしろかったぜ、ああいう話を聞くのもさ」
「これで、あんたがかわいいお姉ちゃんだったら文句なかったのになぁ」
まぁ、俺はもちろん朴念仁のコウ・ハセザワでさえその自覚はある。どうせなら味気ない男ではなく、可能なら、イリサ本人の姿でショーをした方が華があるに決まっている。不可能だから致し方ないのだけど。
「あれぇ? オレぁなんか一瞬、かわいい女の子が舞台に立ってるようにみぇたんだがなぁ。見間違いかぁ?」
 へべれけに酔っぱらったある男は、そんなことを言っていた。おそらくコウとイリサの見せる幻想との同調率が高かったのだろう。
「ふふふ~、お褒めにあずかり光栄です! かわいい女の子、にはいつかお越しいただいてこの小さな舞台をお任せしますから、今後ともごひいきによろしくお願いしますね」
「それにしても今日のコウ君は、なんちゅうか、オカマちゃんみたいで女の子いらずだあなぁ」
 先ほどの、お姉ちゃん発言と同じ親父の冗談で周囲がどっと湧いた。
「そうなんです。まだまだ人手が足りなくって、まぁ1人2役で経費節約みたいなものですよ」
 それに対するイリサの切り返しも、コウにはとても真似できないようなものだった。

 シェルと、コウの2人――時にはイリサも含んだけど――海の家の経営は順当だった。
「行くのか」
「ああ」
 それでも約束の1年目には、コウはすっかりこの店を出る用意を整えていた。シェル1人で店が回らないことは明らかだったから、コウはショーのスカウト資料を集める最中、ついでに自分の後任になる人材を見つけており、引継も済ませたのだ。普段のこいつからは想像もつかないような、手回しの早さではあるが――
「シェルと一緒に、ここでずっと店をやるのも悪くないと思う。それだけ、この1年間は楽しかった・・・・・・人間だった時のことも思い出せて。けど、俺には他にやらないといけないことがあるんだ」
 一見頼りないようでいて、コウ・ハセザワは、自分の選んだ道をまっすぐに突き進んでいる。その途上にどれだけ魅惑的な出来事があろうとも、それを見失ったりはしないのだ。
 ――グラスブルーからイリサを連れ出したあの日から、コウはまっすぐ未来だけを見据えていた。その先で、自らの目的が果たされるように。ただそれだけに一途なのだ。こいつは昔からこうだった。ひとつ、目標を定めると、他のことに目をくれる余裕なんかなくなってしまう。
 不器用だが、一本気であることは疑いようがない。そのまっすぐさに魅かれる奴は、少なくなかった。

「ありがとう。1年間、お世話になりました。あと、これも引き受けてくれて」
 コウが、この店に日記を残していくこと。それをシェルに管理してもらうことを頼んだのは今朝のことだ。が、コウは知らないことだが、シェルは昨夜すでにイリサからその話を聞かされていた。

「おまえ、そのぬいぐるみに入って体を動かしてるんだろ? だったら俺にわざわざ代筆なんか頼まなくたって、たとえばこのペンに宿って動かすなんてぇことは出来ないのか」
「残念ながら、ペンには手足がついていませんからねぇ。そしてこのそーちゃんのやわらかぁいお体ではペンを持って動かすことは出来ないのですよ」
 イリサの代筆に、彼女の読み上げる文章を、シェルは日記の最後のページに書き記す。イリサはわかってない、ソウとやらが今でもおまえさんを特別な女と思っているなら、男の字体でメッセージなんか残されても興ざめってもんだ。などと口に出した上でごちているが、イリサはお構いなしだ。
「で、今書かされたこの内容って、どういうことなんだ」
「ん~・・・・・・ま、見たまんまの解釈でいいと、思いますよ」

 今後この店を訪れるたくさんの客の中にソウ・ハセザワらしき人間がいたらこれを見せて欲しい。ソウ兄に伝えたい、コウとイリサの日々を余すことなく詰め込んだ、願いの結晶を託す。
「おまえの願い、叶うといいな。何か願掛けする機会には、おまえ達のこともついでに願ってやろう」
「・・・・・・うん」
 最後にそんなことを言うものだから、コウは礼の言葉を重ねる羽目になった。
 コウが腕に抱く空色のテディベアに、シェルは目を細めた。コウと同様に、彼が自然に見せることは少ない、営業によらない純粋な微笑。
 じゃあな、と、シェルは2人に別れを告げる。コウはもう1度頭を下げ、そして今日も彼の傍らに連れ添うイリサも、コウに合わせるタイミングで彼に倣う。
 その姿がシェルの目に映らないとわかっていても、そうせずにはいられなかった。




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GRASSBLUE 青草日記 6(前)
GRASSBLUE 青草日記(グラスブルー あおくさにっき)

影の擬人化を試みる物語 その6 (前)






箱イリサ
イリサ「読んでくださりありがとうございました!」

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 夜更け、トイレに起きたシェルは、廊下の中央をのそのそと歩いてくる小さなものに目を見張った。
「こんばんわ。お初にお目にかかります」
 さらにおかしなことに、そいつーー空色のくまのぬいぐるみは丁寧に頭を下げ、彼に夜の挨拶としゃれこんだ。
「何だおまえ」
「わけあって名乗ることは出来ないので、とりあえず『そーちゃん』とお呼びください」
「名前はどうでもいい。てか、名乗れないならその事実は伏せて、『そーちゃん』だけ言えばいいだろう」
 素直すぎる性格は接客に不利な場面もあるだろう、と、コウ・ハセザワを雇って1ヶ月、指導してきたシェルとしては見過ごせないのだろう。彼女――イリサはそんなコウの影に宿る存在として数百年を共に過ごしているから、特質が似てしまうのも無理からぬことではある。これは手厳しい、と、くまが自らの鼻先に手をやる。・・・・・・十中八九、手を噛もうとしたんだろうな。焦ったり動揺したりするとよく出る、彼女の癖。
「私は、コウ君と旅を共にする者です。昼間はあなたの目には映りませんが、実はこうしてものに宿って自分の体のように動かすことが出来るのです。こっちはコウ君には内緒です。ちなみにコウ君は私の存在を隠しているわけではないので、あの子に訊いていただければ私のことは話してもらえると思いますよ」
「まぁ、別に聞きたいほど興味のあることではないが。俺に何か用なのか」
「はい。今夜は、あなたにお願いしたいことがありまして、参上いたしました」
 心なしか胸を張って、そーちゃんは言った。

 シェルがG大陸港町に、昼夜兼用の海の家をプレオープンしてから2週間。店員は未だ、店主であるシェルとバイト店員のコウだけだが、形の上でのミーティングは毎朝欠かさない。
 店を開けてしばらく経つし、そろそろ本題に入るか。まず、シェルはそう前置きする。
「居酒屋の方で、個人の話し手でショーをやる?」
「ああ。漫談でも手品でも面白けりゃ何でもいい。ありきたりだが、ないよりマシだから楽器の演奏も含むか。G大陸にだって、探しゃおもしろい奴だってそれなりにいるだろう?」
 例えば、文化の町アルベイユなんか、名前の通り文化人気取りの自己主張大好きな輩がごろごろしてるだろう、とシェルは挙げてみせる。
「普通の居酒屋じゃダメなんだ」
「ダメってこたぁないが、どうせやるなら他と同じじゃつまらねぇからな。演奏聴かせる店なら、R大陸の繁華街なんかじゃ当たり前にあるが、話しを聞かせるってーのは俺の知る限りそうそう見あたらないな。よっぽどおかしくやらなきゃメシがまずくなる」
「でも、わざわざG大陸でやるのか? そんなに需要あるのかな」
「G大陸の、それもこの町でやるから意味があるんだよ。いいか?」
 そうしてシェルは、その根拠をシェルに語り聞かせた。

 G大陸は独特で、全体の一体感乏しい歴史を歩んできたためか個人主義でサービス精神に乏しい。さらに痩せた土地から採れる食材も限られているため、貧しい時代には配給の制度に慣れていたため、今でも自炊をする人間は少ない。前述したサービス精神と繋がるのだが、総菜などを提供する店は味で客を喜ばせようという気概もないし、客もそういう食生活に慣れているためそれに文句を言うわけでもない。
 R大陸やP大陸では食を振る舞う店といえば少なくとも一般家庭より美味いものを出さなければ見向きもされないし、場所によっては娯楽性まで押し出してくる。それに近い形態をこのG大陸の玄関口である港でやっていくのは、いわば外の2大陸からやってくる船に乗る客を当て込んでいるのだ。
 シェルは2大陸から仕入れた食材を港ですぐに受け取ることが出来る。船員は、美味くないとわかっているG大陸料理の店よりもシェルの用意するものの方が口に合う。船員以外でのG大陸への客は観光よりも研究者の類が多いが、場合によっては接待など付き合いにも使える店にする。そこまでいくと、いよいよG大陸での競合店は数えるほどしかないはずだ。
 ショーを提供するのは、その中でさらに、G大陸にあって突出するための要素だという。

 と、シェルの言うことはもっともだと思いつつ、コウにさえ想定出来る問題もあった。
「それだけのことをやるのに、従業員2人だけって無理がないか。シェルは料理にかかって、俺がテーブル担当で、それならショーをやってくれる人間を探すのは誰がいつやるんだよ」
「昼と夜の中休みとかにおまえがな。見つかるまでは催しも頼んだぞ」
「いや、素直に担当者入れてくれよ。バイトの扱いじゃないだろ」
「1年契約って最初に説明したろう。それはバイトとは言わないぞ。他に雇おうにも、G大陸の人間はよっぽどまともな奴でないと信用ならない」
 なるほど、あっけなく俺を雇ったのはP大陸出身だからっていうのもあったんだなぁ。などとコウは静かに納得した。1年契約の件、ようやく仕事が見つかるか否かという瀬戸際だったから、緊張のあまり聞き逃したのだろうか。それもまたコウは納得したものの、そちらはシェルのはったりであって事実ではなかった。

「そういう内容でしたら、コウ君にはとっときの経験がありますから、是非にお任せください」
 昨夜、そーちゃんの中のイリサはシェルに接触すると、当事者であるコウをさしおいて売り込みをかけていた。そんな、一見浅ましくも思える調子にシェルは呆れを隠さない。
「おまえはあいつのマネージャーか」
「そうではないんですけどね。ただ、私が個人的に思うところありまして。コウ君には1年くらい、どこかひとところに腰を据えて、じっくり働いてもらいたいなぁと思いまして」
 こう見えて、イリサの心中は切迫していた。それをため息に吐き出せば多少は楽になれるだろうが、そーちゃんの体は呼吸が出来ずそれはかなわない。
「・・・・・・あの子は、私やソウ君や、亡くなった家族、仲間のためにといつも一生懸命なんです。けれど、そのために、自分自身のためにすることしたいことを考えるのを忘れてしまっているんです。もちろん、ただそうして欲しいと言うだけではなく、私も出来る範囲、尽力致しますよ。これまたとっときのアイデアがありますので、最初のショーはお任せください」
 くまのぬいぐるみは、手足を動かせても表情は動かせない。代わりに声色へたっぷりの自負を込めてイリサはそう懇願した。態度が無駄に大きいせいか、とてもそう謙虚には聞こえないが。
 シェルが、イリサからのいくつかの「お願い」に了承する代わり、彼女はコウを1年間、必ずシェルの元に留まり働くよう誘導する。これはそういう取引なのだ。
 かくいうシェルも、新しく事業を興そうという時に、コウが1年間をこの店に捧げてくれるというのは悪くない話だった。

 そうした裏取引は全て伏せ、夜、コウとイリサの2人部屋ーー当初のシェルにしてみれば、その部屋はコウにあてがったのだが、彼がイリサを知ることになったためむしろコウだけが真相を知らないというおかしな事態になっていた――彼女は手を合わせてコウに頼み込んだ。
「と、いうわけで、お願いしますコウ君っ。最初の1回だけ、私にやらせてください!」
 もちろん、事の全てを話したわけではない。コウの影に宿るイリサは、彼が委ねればこの体を動かすことも出来るというのをコウは知っていて、たまには人前で話をしてみたいのだという建前をイリサは利用した。
「別に1回と言わないで、そういうのが好きならやりたい時に言ってくれれば代わるのに」
 イリサはおしとやかそうな外見の割に――と、いうかある意味、猫をかぶっているわけだなこれは――活発で調子のいい時がある。人の輪の中にいればムードメーカー的にはしゃいでいる。ソウ兄からの話に聞いただけだがコウもそれを知っていたので、
「わぁ、そう言ってくれるのなら数回に1回くらいはやぶさかではありませんが!」
「はいはい、わかったよ」
 思いがけずイリサが楽しんでいるのがコウには嬉しい。本当に久しぶり、彼はふっと吹き出して、再び、シェルに渡された資料に目を通す作業に戻った。シェルが独自に集めた、ショーを頼めそうな人材の情報。
 つまりはスカウト資料なわけだが、それはコウにとって実に懐かしい感覚を思い出させた。

 数百年を生きているコウだったが、その短くはない人生の中で唯一、仲間と思える人々と働き、時間を共にしていたたった数年間があった――統一軍人事部。コウ・ハセザワの生まれた時代、P大陸を荒らした私設軍だ。統一軍は轟かせた悪名にふさわしい滅びを迎えた。・・・・・・ろくでもない場所だったのは確かだが、そこで失われた仲間がコウにとってかけがえのない友人だったこともまた確かだった。
 人事部の仕事は、諜報部の集めたR、P、G大陸各地のスカウト資料から、次に働きかけをする人材を選ぶ。場合によっては自ら人材に統一軍を営業かける仕事だった。規模は違えど、シェルから任されたのはあの頃の仕事とかなり共通している。
 あれからすでに数百年と経っているが、あの日々はコウにとって特別だったから、思い起こせば仕事の内容までも、おぼろにではあっても浮かび上がってくる。この懐かしさは、失いたくない、大切な感覚だ。それを胸の真ん中にしまいこむつもりで、コウはこの1年間、この仕事に打ち込むことを誓った。
「ところで、イリサは次のショーで何の話をするつもりなんだ」
「ここは港町ですから、母神竜信仰に厚いでしょう? それに私達の力を使えばそれなりに見物にはなりそうな気がしませんか」
「まぁ、言われてみれば・・・・・・」
「そのままコウ君にも引き継げる内容ですしね。そういうことなのでっ、当日は私のこと、見守っていてくださいね!」
「ああ。こちらこそ、よろしく頼むな」
 コウが好んで選んできたのは裏方仕事で、ショーのような大っぴらな表舞台になど慣れているはずもない。人集めの方には経験があってもそちらには臆する部分があるのは仕方がないとイリサも思い、とりあえずは自分が手本を見せて始めるのもコウにとって取っ掛かりにはなるし、コウにばかり働かせてきたことに対する恩返しにもなると考えていた。

 最初のショーは1週間前から告知をし、例によって初回のみ料理の値引きもうたって、船員達を中心に周知されるよう広告をかけた。
 ショーの開始、20時という時間は、明るい中でレイトショーなんて雰囲気が出ないというシェルの気分の問題で決定した。この夏の時期でも20時なら確実に日も沈み空は黒く塗られている。
 この町の店は大半が18時には閉店しているため、この時間、シェルの店の灯りは煌々とよく目立ち、訪れる人々を迎えていた。
「ようこそお越しくださいましたぁ!」
 投薬治療の痕を隠すため、客の前では今も腕を三角巾に吊っているコウは、空いている右手を仰ぎ船員達へ100点満点の笑みを浮かべる。
「おいおい兄ちゃん、前昼食いに来た時とだいぶんキャラが違ぇねえか?」
 先頭の、体のいかつい、しかし人なつこい笑みの男はそんな挨拶代わりをよこした。コウの中、今はこの体を動かしているイリサは、
「コウ君は移り気なので、今日はこういう気分なのですよ! 何せ今日はショーデビューの夜ですから特別ですっ」
「自分のことコウ君言うのも今日のキャラかい」
「そうですとも!」
 一点の疑いもなく断言する姿に、早くも船員集団の笑いを取っていた。コウ・ハセザワではこうすんなりとはいかないだろう。それについては俺もコウのことを言えた義理ではないけどな。誰かに尽くそうという精神も加えるなら、悔しかないが俺は完敗だった。

 舞台は店の中央、人ひとり立ち、あるいは椅子を置いて腰掛ける程度の小さく丸い台座がしつらえられているだけだ。ショーの発案者であるシェルは舞台照明の仕掛けの方に異常なまでの情熱を傾け、舞台に回せる資金が限られていたための措置だった。
 ショーの最中、シェルは照明の切り替えに専念するため手が放せない。今夜、舞台に立つのは唯一の店員であるコウ・ハセザワ。従って客もショーが終わるまでは料理を注文出来ないという、居酒屋としては致命的な欠陥がある。仮に今夜たまたま成功したとして今後続けるに当たってどうするつもりなんだろうか。
 舞台中央を照らす、白い照明のスイッチが入ると、佇んでいたコウ・・・・・・その中のイリサが口上を述べた。

「みなさま、待ちわびておられた方もそうでない方も、お待たせ致しました。本日は当店、最初の夜のショーへお越しくださりまことにありがとうございます。このショーをご覧いただくことを、お客様方へ強制するものではございません。お連れ様とのお話やお食事を楽しく続けてくださってかまいません。少しでも興味のある方はこの私、コウ・ハセザワの話しに耳を傾けていただければ幸いです」
 左腕を三角巾で固定され、右手だけの手振りと体全体の身振りでもって、彼女は自らの語りに弾みをつける。ショーも初日とあれば集まった客も――他の大陸から積み荷を運んできた船員と、娯楽に乏しいこの町の住民だ――乗り気で、ほとんどの人間がこちらに注目し、拍手を送ってくれる。
「今宵は、みなさまのまだ知らない場所・・・・・・天上の聖地グラスブルーへお連れいたしましょう」
 イリサの宣言と共に、舞台、と同時、店内の照明全てが青色に切り替わる。右手を前に差しだし、イリサがくるり、回転してみせると、舞台の下から湧きだしてきたかのように店内の床にさぁっと水が広がっていく。観客はどよめき、ある者は驚きのあまり水に触れた足を持ち上げて濡れているのかと確認しようとした。が、その足は濡れてはいない。
 彼女とコウの魔法は、あくまで幻でしかない。コウは竜の器、イリサは竜の魂、2人が同化して神竜の完全体となるなら、イリサは母神竜として真の力を発揮できるかもしれないが。




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2010.01.25 * 小説 青草日記(不定期) * CM:0 * * top↑
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