「ムシュフシュ、あなた・・・・・・言葉が」
怪訝に首を傾げ、カリンがつぶやく。俺もムシュフシュが声を発するのを最初に耳にした時は、全く同じ感想だった。奴は完全に獣の姿をしているし、シュゼットに無言でついてまわる腰巾着のようなもの、としか認識していなかったから。
「言葉を用いる必要がなかったまでのことです。今日、この時を迎えるまでは」
この回答もまた、俺の時と大きな違いはない。そうして俺は知った。願いを果たせる時機をみはからい、それを実現するために自分は存在している。そう言ったムシュフシュが、いかなる「時」を待っていたというのか。
「ブルー・フェニックス=フォボス。レッド・フェニックス=ディモス。2対の不死鳥は、生まれと存在の大部分を共有していながら、必ずしも対等ではありません。言い換えれば、フォボス・・・・・・ツヴァイクは男性体であり、シュゼットは女性体。肉体的にも火力としても、ツヴァイクはシュゼットを圧倒します。それでもしばらくは互角に戦うでしょうが・・・・・・」
太く、青いうろこの生えた首を空へ向ける。潮騒のような動きと音を振りまく、青い炎と赤い炎に埋め尽くされた空。混乱にあった意識が冷めつつあるのか、急激に、アクアマリンというちっぽけな島を覆う炎の暑さを全身に感じ始める。つぅっと最初の汗が首筋を滑り落ちるのにおぞけが走った。
「フェニックスは死と同時に再び燃え上がり、復活する。お互い喰らい合う2対のフェニックスは、ほぼ同時に力尽き、また再生するように見えるでしょう。しかしながら、実際は、わずかずつレッド・フェニックスが先に倒れるのです。その時間差は徐々に広がり、このまま死闘が続くなら必ず、ツヴァイクがシュゼットを喰らい吸収するでしょう。そこへ至るのに推定されたのが、7日間という時間です」
言い終えると、ムシュフシュは丸みのある屋根からベランダへ降り立つ。
「たったの7日しか、猶予がないの・・・・・・?」
言いながら、カリンは震える手を口元に添える。
「何とか、ならないのか!?シュゼットを助ける手だて、何かあるんだろ、ムシュフシュ!おまえの目的っていうのは・・・・・・っ」
「敦っ!」
荒げられた声に驚き、背後を振り返る。失望と、ほんのわずかに怒りさえ含ませて、梓が俺を睨み据えていた。
「勝手に話、進めんなよっ。オレだって、ツヴァイクを助けたいんだぞっ!ツヴァイクは、このアクアマリンでずっと一緒に過ごしてきた、大切な友達なんだから!」
その言い分は、胸の内へすっと染み込むように納得出来た。というより、こんなことさえ言われなきゃわからない自分が、少しばかり恥ずかしくてーーわかっていたはずなのに。俺がシュゼットを仲間だと思うのと同じに、梓とツヴァイクが友達だってことくらいーーかぁっと頬から燃え上がりそうな熱を感じた。すぐにたらたらと流れ始めた汗に、今は多少の羞恥などどうでもいい、アクアマリンの空を占める炎の熱を思い出す。
ふっ、と、かすかな息が漏れるのを聞いた気がして、俺はまた後ろへ体を向ける。眼下の獣は、自覚があるのかないのかは知らないが、口元にはっきりと笑みを浮かべていた。
「だから、私はこの時を待っていたのです。ソース、あなたは事実を知れば、きっとシュゼットを助けようとなさるでしょう。しかし、ツヴァイクのことまで気にかけていただけるとまではとても望めませんでした」
そのためにあんな回りくどいことをして、俺に、梓やツヴァイクとの面識を持たせたっていうのか。何というか、端的に言うならなんて利己的なことを言いやがるんだろう、こいつは。
エメラードの全ての命の糧であるセレナートを脅し、俺をアクアマリンへ拉致し、俺自身も幽閉と命の危機に晒し、結果的にはマージャに重傷を負わせた。これだけのことをしでかされたというのに、俺はやっぱりシュゼットを見殺しにする気にはなれない。悔しすぎる話だが、この迷惑なキメラの思惑に、俺は乗っかる他にどうしようもないのだった。
「私は、2人のフェニックスを使命から解放するため・・・・・・本来あるべき姿へ戻す、そのためだけに生きてきました。どちらか一方だけでなく、2人共を救うことが出来る、そんな出会いを待ち続けてきました。酷い目に遭わせてしまったことは、お詫びのしようもありません。許して欲しいなどとも思いません。あなた達は、私のしたことを恨みに、その報復にシュゼットもツヴァイクも、このアクアマリンを見捨てることもしないでしょう?」
「だから、おまえから頭を下げることもないってか?どれだけ人を馬鹿にしたら気が済むんだよ」
5指の先を失った、利き手に拳をつくり、豊は歯噛みしてムシュフシュに詰め寄る。
「ユイノ、あなたの封滅の式は、私達にとっていつだって気がかりでした。現に、あなたはすでに、シュゼットに『後を託されている』・・・・・・2人の死闘の後、フェニックスが疑似太陽として覚醒するその前に、あなたが封滅の式でもって彼らを封印すること。それがアクアマリンを破滅からすくいあげる、最も簡潔な手順だから」
「ああ、そうさ。シュゼットとはそう約束した。だってしょうがないじゃないか。それ以外に、あの不死鳥をどうにかする手段なんかないんだから。ユイノは、こういう時のためにいるんだから」
「おい、ゆた・・・・・・」
「ですが」
うつむき、対しているムシュフシュはおろかここにいる誰とも目を合わせずまくし立てる豊は、どう見ても思い詰めている様子だった。たまらず制止しようとするのを、ムシュフシュは強引に遮る。
「あなたが封滅の式でもって犠牲となることさえ、そこのソース=アーチ殿が許さないでしょう」
きっぱりと言い放った言葉に、いよいよもって呆れるしかない。そこまで用意周到だというのは、いくら事情があるからって気分のいいものではない。
「あ〜あ、このやるせない感じ、むかつく気分、一体どこへぶつけたらいいんだ・・・・・・」
「う〜ん・・・・・・ひとつ、提案があるんだけど」
脱力した俺の肩をぽんと叩き、至極まじめに梓は言った。
「とりあえず、そこのムシュフシュが知ってるっていう、2人を助ける方法ってのを聞いちゃおうぜ。納得いかない!ってことでも、ちょっくら時間が過ぎちゃうとどーでもよくなったりすることあるだろ?」
「あ〜・・・・・・ま、いいや。それでもう。もし、それで怒りがおさまらないようだったら、さすがに1、2発くらい殴らせてもらおう。そーしよう」
「そうそう、それだ、それでいーじゃん!」
冗談のつもりで言って、そんな自分の言葉を耳にすると、それがおおかた本気であることが自覚された。結局いつも通り、情に流されてこのムシュフシュの色々な行為、うやむやにして許してしまいそうな自分の姿がありありと想像出来るのだった。
とりあえずゆっくり話すのには室内へ入ろう、ということになり、動こうとしたところでそれは目に入った。
「お?あれはなんだろ」
「あー、あれな。非常召集の伝達に使う、小鳥のガーゴイルさ」
すっかり気が抜けて軽く口をついて出た疑問を、梓がこれまた気楽に答えてくれる。
アクアマリンの中心、盟主の塔のてっぺんから、遠目には虫のような小粒の黒い影が飛び出し、アクアマリン中へ飛び散っていく。ガーゴイルといえばエメラードでも非常事態における戦闘要員として普段は船着き場に控えている、魔力で動く彫像のことだ。基本的には戦闘用なので空中戦線にも立てるよう、羽をつけた造形がなされることが多い。この家を目指していたらしい1羽がベランダに降り立つと、それはやはり鳥の形をしていたことがわかる。
「で、これどーすんだ?」
「アクアマリンに住んでるのは基本的に同盟の一員だし、召集には応じないと」
「そんならおまえら、ムシュフシュの話を聞くどころじゃないじゃん」
言いながら、豊は梓とカリンへ順に視線を向ける。あ、そーか、などという梓は、しかしその召集に応じるつもりはないのだろうとありありとわかる。実りのある集まりだかもわからない同盟より、友人の危機の方が重要なのだろう。それに付き合うのであろうカリンもため息をつく。
「なあー、とりあえず俺が代表で出てこようかあ?」
「あ、そういやおまえもいたっけ」
「いたって!こっからじゃちっとも話に入れなかったけどさあ!寂しかったぞちくしょー!」
ベランダの下、草木の生えない殺風景な庭に佇むマージャが抗議の声を上げる。蚊帳の外で寂しかった、というのはマジなんだろうと切実な声色によって察する。
「いや、学だって一応は賞金首なんだぞ?無理だろそんな」
「マージャも?」
「ゴブリン族の負ってるまじないの効果でね。同胞に対して危険性の大きな能力持ちは、それだけで処罰の対象になるんだよ。アクアマリンの法律では」
「つくづく排他的なことやってんなぁ」
自由気ままに生きてるエメラードの連中と、このアクアマリンで生きる連中が、同じ「魔物」というカテゴリの生物とはとても思えない。
「こんな時に俺にかまっていられる奴なんかいないって、大丈夫だよ」
「でもさー」
言い募るマージャの顔はゴーグルに隠されてうかがえないが、梓は困ったように眉を寄せる。
「それなら、このエリスがお供をしましょうか?」
「もうそれでいいんじゃね?」
あまり希望の見えない状況下、すっかり投げやりに豊がぼやく。エリスは、手にかければ決して振り払えない死のまじないを相手に負わせることの出来る、エルフ族の生まれだ。彼女が側にいればうかつな争いなど起きようがない、盾としてはこの上なく適役だった。
次を読む
前を読む目次に戻る
web拍手を送る